2006年9月23日 (土)

【産地直送】販売人

平日の休日・・家にいるとき・・ドアホン、出てみると【実直な、田舎の叔父さん】の風体。 なまッたことばで『青森から来たけど・・作った林檎食べてもらいたいと・・思うんだども。』 という『見るだけでも・・とうなずいた。しばらくして・・ライトバンでやってきた。隣のおくさんも顔を だした。

ライトバンの中には・・林檎箱がいくつか積まれている。器用にりんごをむいて味見させる4日前にもいだ林檎だという。まだ渋みが残っていて・・これが新鮮な証拠だとか・・言う

現在・・スーパーで売っている林檎は、一年前の林檎で冷蔵品なのだとかいう。価格が抑えられているので、そういうものしか流通していないなどというしかし、 なぜ・・自分が これを売っているかかは・・はっきりいわない。

多分・・売り場所が無いのだろうか?林檎は、大きさがばらばらだし、ずいぶん大雑把に箱に投げ込んであるし・・考え始めると・・怪しい気もしてくる。この産地直送の『叔父さんの畑・』・・と言うなまりのあるせりふだけ・・で信用できるのだろうか?だが、そうそう高いことも言わないので・・2キロ1600円ぐらいでと,言ってお金を用意していくと・・・1貫、買ってよといって・・袋につめていた。昔の天秤ばかりは・・1貫 3,7キロを さしている。

少しむっと・・したので・『そんなに、いらない、食べる人いないからね』というと、【人にやればいいじゃないか、】 という。2千円持っていたので・・・『いいよ2千円でという。』でも・・・3.7キロも・・と、困惑してしまう。だが・・ここで2キロだとか、3キロだとか、言っているのも面倒くさくなり・・・その袋を受け取った。そのまま・・袋のまま、玄関においておいた。

翌日・の午前中、ドアホンの音・・出てみると30歳前後の、【もっさりした・おにいさん】・・『あのう・・長野から来たんですけど○○食べてみませんか?』昨日と今日と・・・?『今からでかけるのでごめんなさい』  うーーん新手の商売かなぁ。『産直販売?』

その夜・・林檎を 全部出して調べてみた。大きさがまちまちだし、ほとんど・・・なんらか傷がある。・・・店舗で販売するには・やはり難しかったのだと思う・問題は味だけど・・もし味に問題あるようなら・・・『林檎のシロップ煮』にしょうと思った。しっかりと重い林檎は、シロップ煮には、問題ないただろう。

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2006年9月19日 (火)

庭の大手術・・3

すっきりしすぎた・・庭を 見て。樹木は かわいそう、でも・・見るたびに,気になっていた虫、枯葉、の問題は・・・一応、安心したのです。

共同通路から見ると・・塀の役をしていた樹木は・・主幹のみになったので、濡れ縁、など家の様子が丸見えになりました。また、金木犀の木の枝が、なくなったので2階の窓が丸見えです。   さあ・・・夏だしカーテン、すだれなど新調しましょう。

雑草のなくなった土を 更にならして散髪した気分です。                   次の日は、遅い【梅雨明け】でした。

ボウズになったような庭を 見て・・・1ヶ月後 。    9月1日、朝早くすずめの声です。 あの枝がほとんど切り払われた樹の上で 遊んでいました。そして青々した若葉が・・伸びていました 本当にみずみずしい青で・・金木犀の枯れた葉の色しか見たことしか無かった私には・・新鮮で感動的でした 。樹を上から見るため2階に上がり・・窓から,じっくり観賞しました。葉っぱだけではなく、とても若い枝が力強く伸びているのです。

手術の回復を 見た気持ちでした。  何か嬉しくなりました 。じっくりと、海棠、椿なども観賞・・・大部分の枝からは、葉がでていませんが・・・いくつかの枝に・・真新しい緑の葉 ああぁ・・・嬉しい。 【こんなに緑が・・嬉しい話】・・誰かに話したくなりました。

再新生・・・の我が家の庭 です。ボウズになって大変だったけど・・よかったと思いました。 そしてあの植木屋さん・・・【ありがとう】と、心から思いました。    

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2006年9月13日 (水)

庭の大手術・・1

家の玄関脇には・・30年以上になる大きな『金木犀』がある。季節になるといい香りが漂ってきて・・まあまあの物だった。だが、この2―3年花はさかず、枯葉が目立つ。

6月末から・・時々大量の虫まで落ちてきた。木の下に、自転車を置けないほどだった。木が病気か、虫に冒されたと思ったが・・2階までとどきそうな木・・消毒薬も届かないだろうと思うし、どうしていいかわからない。一人暮らしなので、こまりはてていた。7月末のある日・・『地下足袋』を履いた植木屋の叔父さんが・・顔を出した。

ひでぇ・・庭だね。じいちゃんが、悲しむよ』などというのだ。『爺ちゃん【父】を知っているの?』【あぁ・・声のおっきな よく物知りだった、何時亡くなったね?】などという。父が亡くなって・・もう9年なので・・・びっくり。だが父が生前・・この庭を この植木屋さんにたのんでいたのだろう。

前この庭を やった【手入れ】したから・・みてられないんだ。木をしばらく剪定だけでなんにもしていないから木のえだが絡んで窒息しているし、他の木ともからんで虫の巣になっている・・・一本は枯れてるよ、抜かなくちゃあ。                         などなど【厳しい真実】をいう。私が。ほうりっぱなしなのも・・・無知なのも知っているのだ。

私は始めて見る【植木屋さん】なので・・・ちょっと・・考えてしまった。だが、虫が落ちてくるのも、一年中枯れ枝が出ているのも、事実。庭に、雑草だらけで蔦が・・絡まっているのも事実・・どうにも出来ないのも自実。

父がかって信頼して・・たのんだ植木屋さん・・昔自分がやったから・・と言う言葉。           価格を聞くと、ちょっと高いので躊躇しかし・・家の周りすべての条件でたのむ事にした。

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2006年9月 7日 (木)

心地よい・・懐かしさ。

8月には、【東京見物】のバス旅に2回出かけた。ここは、埼玉のT市なので・・都心圏までは池袋まで3―40分、新宿まで40分という事で・・通勤圏としてはちょっと遠いかもしれない

東京都内を廻る定期観光の【夏版】で・・食事は、夏ばて気味だったので・・・【麦とろ】がついているコースをえらんだ。そのとき【深川江戸資料館】に初めていった。映画のセットのようだ・・・山本周五郎という作家がいたけど・・・おもわず彼の世界を 思い出したほどだ。

裏長屋、共同井戸、お稲荷さん、共同の厠・・・表通りの八百屋、米や、繁華街の夜店、 茶屋など・・何か懐かしい。何故こんなに懐かしいのだろう。何故・・安心するのだろう。    そうだ・・私の生まれ、育った頃の昭和30年代・・まだ【商店】には、店構え、暖簾など、多くの共通点が残っていた気がする。

一番懐かしく感じた・・【八百屋】、漬物ダル、籾殻に入った卵、縄で結わえた大根、白菜、 天秤量り、・・・笊に入った青菜、このまま、ここにはいっていけそうな気がする。まだ50年くらい前には・・・【伝統的な日本の姿】が地方都市には、残っていたのだろう。

長屋の家の中にも・・懐かしさを感じるのは・・私が幼児の頃まだ【間借り】生活で親子4人2間に暮らしていたので、何か家の作りに・・かすかな記憶を呼び覚まされる物が有ったからかも知れない。

以外でした・・非日常の旅時間のなか。  わずかな時でも・・心地よい懐かしさで、心からリラックスできた。              

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2006年8月11日 (金)

八百屋のおかみさん

いまどき・・古いスタイルの八百屋さん。

長い事・・団地のショッピング街に店をかまえていた。団地が立替になるため移転した。 目の前は、『日本の巨大スーパー・マーケット・・一部24時間営業』

でも、客は、途絶えない。初老の夫婦一族で経営している。                 開店の日顔を出した、花輪がでていて、店の前に商品が山ずみ。             みんなで笊に商品わ並べたりごったがえしていた。                       なんとレジが到着していない。 社長『叔父さんと呼んでいる』が、                   かまいやしねぇ・・オレのコンピューターでやるさ。

おかみさん・・『わぁ一番危ないだろ』などと冗談を言っている。                永い間の信頼で 成り立っている・・・『八百屋』だからだろう 。

昨日買い物したら・・幾つかの商品を 『茶色の紙袋』に入れてくれた。           そして、この紙袋は捨てないで・・家に帰ったら【茸をポリ袋から出して】いれておきなさい。この紙袋はひかりを通さないし、野菜が呼吸できるからね。

と、おしえてくれた。                                          そうか・・・こういうところが【八百屋】のプロなのだ・・と心がほっと和んだ

いまどき【ぬかずけ 】も。売っている。                               【自家製】だそうでスチロールの皿にも ポリエチレンの袋にも 入っていない。

人数【家族の】が少なくなっているんだもの・・買ったほうが・・とくなのかも・・という。

その心意気・・【八百屋のおかみさん】                              私は貴方のファンです。お店のファンです。

                   

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2006年8月 5日 (土)

ビバ・・『トマト』

このごろのトマトのにぎやかな。いろいろなトマトがいっぱい。見ているだけでも 楽しい。大きさ、色彩、何より・・・味です。今日は、『多糖・トマト』を買いました。小振りのトマトで・・ミディサイズとよばれるくらいの大きさでした。色は・・鮮やかな赤です。持つと重く・・ぽちゃっとした・・やわらかさはありません。筋肉質の肌という感じかもしれません。『フルーツトマト』に近いかもしれません。実は昨日・・一皿買って見て・・余りに美味しいし今までの【トマトの常識では無く美味しかったのです。】洗って試食しているうち・・一つ、また一つと、ぜんぶ食べてしまいました。

食べ終わって・・種の水分を含んだところが・・少なく、果肉がたっぷり、もっちり、そのままパクパクたべてしまった・・初めての美味しさでした。さて、本当に他のトマトも、こんなに美味しいのだろうか?あのトマトだけではなかったろうか?と考えて八百屋と、スーパーを探しました。が・・あのトマトは売っていません、でした。そこで、昨日のトマトを買った店までいきました。何種類かのトマトのなかで・・不思議にあのトマトがうれていきます。私も急いで『多糖トマト』を買いました。後から来たひとも、このトマトを 買ったので売り切れになりました。レジで・・おかみさんが・・【うちしか、置いてないから・・】といいました。

さて、我が家には、現在3種類のトマト。地場産【農家から買った】トマト。形はばらばらだが甘いといわれる。ミディ・トマト形が綺麗な、そのまま飾れそうなトマトだ。そして今買ってきた多糖トマト・・・ビバ・トマトいろいろ選べてたべくらべれるし・・たのしい。けれど・・

競争になっていると思う・・農家のことを考えたりもする。

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2006年8月 1日 (火)

自家製・・ホームメイド。

友人の義母のやっている【お好み焼き】屋さんに・・あそびにいってきた。

一人で切り盛りしている・・とても小さな店なので、店舗というより・・家庭の台所に近いようだ・だから、近所の方、常連さんがささえているようだ。私がいった時刻午後3時なのだが・・仕事後の一杯で・・常連さんが・・一服していた。彼女は朝、6じ開始・・2時ごろ終了その後タバコと、一杯のピールで疲れをいやしていたようだ。

家庭的なので・・心置きなく酔っても安心なのだ・・少々の、自分の愚痴と、本来の顔も 見せられる・・長い付き合いだからこその・・・受け止めてもらえる人情、安心感なのだろう。もう30年近くになるようだ。

夏場なので・・【お好み焼き】を客が、自分で焼いて食べる・・より、今の人気メニューは、焼き饂飩、たこ焼きを つくって出すので・・かえって暑いのだとか。あとで入ってきた近所の客は・・・皿を持ってきた。?今晩の自分御飯なのだそうだ・・一人分作ると手間が大変なのでという・・そして・・焚いた御飯も 買って持ち帰った。手間、いろいろの便宜  【そういうものも売る】こういう人情が【店の魅力】なのだろう。

うちだけ・・のもので、今年は、【ラッキョウ】と、【紫蘇汁】を作ったんです。という・・ラッキョウは、瓶に漬けられ並んでいるし・・紫蘇汁は一升瓶に入れられてならんでいる。ラッキョウは、鳥取のものを取り寄せて漬けているし・・紫蘇はこの店の裏手の農家からの取り寄せたという。これは酢と、砂糖を加えるそうだが・・ソーダで割ったり、お酒を入れたりいろいろの使い方ができるので・・とても重宝なのだそうだ。本当のホーム・メイドだが・・確かに今の世は・・こういうものは、・・家庭でも、【チェーン店】でも出来なくなっている。だからこその。人的魅力、店の魅力・・なのだろうと、思う。夕方・・農家のおばぁさんが、紫蘇を 納品に現れた。遠慮しているおばぁさんに、一升瓶の紫蘇汁を あげたようだ。【疲れが取れるし・・自分が作った紫蘇の・・飲み物だから】という。確かに、生産者にとって一番の贈り物ではあるまいか。

彼女は、今年71歳だそうだ・・何時までも、元気でいて欲しいと、つくづく思う。私たちは、その人的魅力と、【ホーム・メイド】を 味わいに行くのです。

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2006年7月26日 (水)

麦茶・・むぎゆ・・考。 ②

ディ・サービス介護所に通っている方は60代・・70代・・80代、大正、昭和初期生まれの方多く、女性が圧倒的に多い。麦湯・麦茶の思い出を聞いてみると・・なかなかにぎやかだった。中には・結婚して麦茶を、飲み始めた人、などもいた。ただ・・戦争前・・70年くらい前は、【麦茶】の生産には・・・『農家』が直接関わっていたようだ大体・・『お百姓さんから、直接買いました』という声が多かった。私も子供の頃、昭和30年代のはじめまで・・農家の人は直接りゃカーをひいて・・いろいろなものを・・売りに来ていたので、その時買ったと思う。夏になると・・我が家の花壇に、麦茶の殻があったので・・夏を感じたものだ。

給食にでたことがあった。やけに美味しく感じたので記憶に残っている。いつもは脱脂粉乳なのに・・・アルマイトのカップに麦茶は、嬉しかった。友達の中には砂糖をいれて飲むという人がいた。戦前の食べ物の記録を読むと・・お八つとして・・砂糖を入れて飲んでいたという家もあったようだ。

私はその頃『紅茶』にあこがれていたので・・麦茶に砂糖は邪道に、感じた。家で飲む麦茶は、色が薄く・・味もうすかったような・・記憶がある。給食、よその家の麦茶は・・どうして美味しく感じたのだろう。

時代は後になって・・1980年時代は、食文化が、一気に華美になり外国のものが入ってきたので・・『麦茶は日常から』急激に姿を消して言ったのかも知れない。だが、夏場の飲み物として・・家庭の飲み物として・・ティー・バックとなっていったようだ。その頃、登山、山旅にはまっていた私は、山での飲み物は『麦茶』だったアルマイトの水筒に、麦茶を入れて沢の冷たい水で、冷やして飲むのは・・格別の美味しさだった。私にとっては・・登山、山旅とともに・・喉によみがえる至福の味は、『麦茶』である。

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2006年7月22日 (土)

麦茶・・むぎゆ・・考。 ①

通所老人施設の『お茶会』で・・麦茶を取り上げた。麦茶・・チョッとお茶というには・・というかんじがあると思う・・『インター・ネット』でいろいろ調べてみると、確かに・・飲まれはじめた歴史は、古く・・平安以前のようだ、大麦を 栽培した事と重なるわけだから歴史ある飲み物・・なのだろう。だが、つい4―50年前ですら家庭の飲み物で余り・公式な茶ではなかったようだ。

余りに家庭一般的であり・記述も少ないようだ。だが、ちょっと楽しいのは、かの豊臣秀吉が、大阪の『大茶会』の参加呼びかけるとき、『麦茶』でもよろしいから・・と参加を促している事だ。当時『緑茶』及び、茶道は、かなり高価、特別な物であり、権威の象徴だったと思う。・・だから、当時まだ、身分の高くなかった・・豊臣秀吉の書状には残っているのではあるまいか。その後、安土桃山城に権威の象徴として豪華な、茶室を作るのも・・興味あることだ。

時代はかなり下がって・・江戸後期、物の流通、経済の安定は、繁華街の茶店などをうみだすが・・かなり『むぎゆ』などが有ったようだ。まだ【麦茶】とはよんでいなかったようだ。麦湯の言葉は、戦前の東京にまだのこっていて・・戦前東京で過ごした父は、【むぎゆ】とよんでいたのかもしれない。

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2006年7月18日 (火)

麦茶・・むぎゆ・・考。

麦茶・・を久しぶりに飲みたくなった。パック入りを買ってみた。熱湯に入れた後・・冷まして冷蔵庫に゜入れて飲んでみた。なになかが違う・感じるものが無い・・香り、味、色、何もないのだ・・何故なのだろう・・がっかりした。

出がらしの、茶ほどの感激も味も無い『不味い』という感じ・・も感じることも無い。私は、不思議だった。が・・『はっ』と・・考えた。

麦茶なのだから『茶をいれなければ』・・これは、『簡単な紙バックの茶』ではないか。私は、急に昔子供の頃のことを思い出した・・というより子供の頃の麦茶の味を思い出した。麦を焙煎した物を買おう・・・と。だが、現在ほとんどのメーカーが紙パック主体なのだった。いろいろ見て・・六条麦茶を買ってきた。時間をかけ煮て・・冷まし・・冷蔵庫にもいれたが・・熱々を飲んだ。

あぁ・・『麦茶』子供の頃の、味。まだ未就学・幼稚園の頃・・の味。夏のころ家の味。確か小学校の給食にもあったような気がする。麦茶から急に昔の情景を思い出した。確か父は・・麦湯・・と呼んでいた気もする。なぜだったんだろう・・この香りから久しぶりに幸せな気分になった。麦茶について・・調べてみよう。今は過去の・・田舎っぽい飲み物・・お茶としては・・なんとなく、表に出てこないけれど。

50代の私が・・こう思うのだから・・通所老人介護所でも・・キット『お年寄りの方々』は。いろいな思い出を『麦茶』にもっているにちがいない。そうだ・・今度のお茶会のお茶に、しましょう。

私は嬉しくなった。みんな・・どんな話。どんな思い出を もっているのだろう。この麦茶で共通の話題にめぐり合えたらいいな。わくわくしてきた。明治うまれだった父のように『むぎゆ』などと呼ぶいわれを知っている人がいるかもしれない。

麦茶の文化・日常に有る物だからこそ見直す。考える時間を持てて・・幸せ気分でした

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2006年7月12日 (水)

足元を・・わすれていました。

塵だしに行く時・・玄関脇にほんの少しの時間ですが・・塵を置いておきます。

塵袋に名前を書かなければならないし・・いろいろです。ふっと見ると・いつも使っている靴を置いておく棚・・いつの間にか塵だらけ・なのでした。

愕然としました。ドアのかげになっていて・・灯の基で見ることが無かったのです。日光浴させました。あら・・わすれていた靴こんな所に隠れていました。でも今は,もう履く機会がないような気がします。こうして・・毎日使っている靴を置く・・【足元】を忘れていました。足元といえば・・修理に出す靴も・・2足袋にいれたままでした。冬用ののスリッパもだっぱなしになっていました。

自分の足元から・・・と、亡くなった父がいっているようでした。今日は、足元の日のようでした・・このごろ自分を見直すきっかけ・【気ずき】があります。でもまた、そのうちなどといわないで・・実行しましょう。後回しするから・・【自分を 足元を忘れてしまうのです。

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2006年7月 8日 (土)

無くなったから・・見えたもの。②

真夜中に、立ち尽くすと・・パソコンで、話していた時間の大きさを・感じた。あれも言いたい・・これも言いたい・・だが、話す所がない、話す人がいない。がくぜんとした。私の中の一部分のPCの世界が無くなった

翌日の午前中は、憔悴した思いで・・・パソコンの修理を依頼した。『パソコン出張専門のメンテナンスのマスター』ウイルスで、あちこち出張修理でいそがしいなか、時間をさいてきてくれた。

モデム・配線・・ウイルス感染など重複した・・故障におどろいていた。更に驚いていたのは、私の・・PCに関してのメンテナンスの知識の無さ・・・だったようだ。

私は,PCにたいして・・無責任だったと、つくづく・・反省した。それは、『マスター』をよぶことになったため・・デスク周り、本箱などの乱雑さにがくぜんとしたのだ。他人がここに入るしかし・・・そういう事態すら考えていなかったので・・塵箱のような部屋だった。だが・・・PCで世界は、つながっている・・お互いが見えない・・だからといって自分の周り、は塵箱だったのだ。『電源を入れられないPC』を つくづく眺めて・・4年間の労をねぎらい・・心からわびた。

自分の心も。足元も、『振り返る機会』だったのだ。あって当たり前になっていたPCの世界PCのない時間・・せっせと掃除した。いらない物のなんと多いことだろう。なぜこんなに塵だらけなのだろう。PCの裏も、モデムも4年分の塵だった。自分を 恥じた。

無くなったから・・こそ見えたもの『自分の心』のお掃除でした。

後で、PCの中も・・大掃除しました。

心からありがとう・・壊れた事、この時間、修理の『マスター』との出会い。教わった事。

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2006年7月 4日 (火)

無くなったから・・見えたもの。①

先月6月は、いろいろなことが起きた。先ずありえない・・と、信じていた【パソコン】が壊れたこと。最初・・ずいぶんと受信が遅いし・・・?【パソコンだって疲れたんだろう】と、軽く考えた。しかし・・モデムが悲鳴を上げたように・・不必要にピカピカひかり始めた。

なんで?なんで?と、考えているとつぎには、見た事の無い赤信号がともったのだ。そして、メールの受信が出来てないのだ・・・どうしたんだろうと、思っていると・・動かない。焦った【パソコンの設定・・まで人任せな・・私。】パニックになった。パニックになったのが夜中だったので・・考えたあげく【真夜中でも・・パソコンで起きている友人】に電話した。親切に教えてくれてここまでの作業をしたら・・また、次を教えるから電話してと、言う事だった。

設定を過去にもどして・・の意思だったようで設定したら・・。だんだん画面の文字が消えていった。そして・・周りから黒く画面が消えていった。今度は本当にパニックになった。カーソルの矢印さえ・・消えたのだ。

パソコンの前で立ち尽くす・・・と、なきそうだった。慌ててもう一度電話すると、【ウイルス】だろうという・・とりあえずパソコンを切るように言われる。そして、モデムの灯も、きえていた。急に、一切の情報の基である【パソコン】が消えたことで・・不安がおそってきた。

孤独を感じたのだ。                                           こんなに情報という・・毎日の情報が・・会話が無い事に不安を感じたのだった。

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2006年6月 7日 (水)

お掃除・から考えた事。

毎日・お世話になっている家。毎日・・何回も・お世話になっているト・イ・レ。掃除しているつもりだったが・・ひょんな事から・・普段細かく掃除していない・・というか目に入らない所を発見・・なんと・・ことしの『春一番』が吹いた時の・・赤土まで、積もっていた。愕然とした塵が積もったトイレ。なんと『不精』だろう。いつも使う所だけを、掃除していたのだ。よくよく考えると・・トイレットペーパーのストックしてある所もかなりの間掃除する事すら考えていなかったのだ。

テレビの何かの番組で・・トイレを 掃除しない家は、『不幸』を呼ぶようなこと言っていた・・・ような気もするし。ついでに、何かの際に、風呂場と一緒に・・などなど考えていたらこうなったのだ。さて今日こそ、決心。バケツを用意したら・・風呂場も気になった。天窓のガラス・・あそこにこそ『赤土』が・・まだ付いているようだし・・北側なので・カビもあるかもしれないし・・考えるときりがないが・・・今日は、トイレ と 風呂場 徹底掃除デーとする。

はじめは、掃除機で綿ほこり・そして、窓・・いやぁ・驚いた・・こんなに明るくなるとは・・嬉しくなる・・目に見えて綺麗になってくるからだ。』トイレットペーパーを入れておく棚も隅まで掃除機をかける。なんと無く空気が違ってくるのだ。だんだんたのしくなって来る。トイレのマットを取り替えて・『・お客さんが来ても・・恥ずかしくない』と、思ったら・・・・我が家は一人暮らし・・・人目が無いから・・自分ひとりだからかもと思ったりした。  次は風呂場、天窓の為、脚立も用意・・思っている以上に土ほこりが 年代物で積もっていたのかも知れないが・・今日の青空からのひかりが、入った時は・・嬉しかった。イス、タイル、灯も磨いたし、風呂の蓋も磨いた・・・洗面台を磨いて・・今日の成果を眺めた。自分のため、不精な自分の心・を帰りみて・・『心の掃除』だったのかも知れないと思った

今夜は、ゆっくり・ゆっくり・極上の・・お風呂に入りましょう。

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2006年6月 6日 (火)

職業の貴賎

一週間前から・・朝2時間、早く起きて『掃除』のアルバイトというより・第2の職業をしている。大きな『ビジネス・ビル』で・・歩いてもすぐのところなので、よほどの事が無い限り遅れることは無いだろう。朝早く起きることにより、いろいろなものが見えてくる。周りの早起きの家、いままできずかなかったが・・朝早く仕事に行く家も、結構あるようだ。また、早く起きるため早く就寝するのでいろいろ・・のことが、出来なくなり、思い切って・・・朝早い起床時間にしてみた。まだ・習慣にするには、時間がかかるのだろうが・生活時間の改革』だ。

朝出勤して、好いと、思うのは『おはようございます』の挨拶を 全員がしてくれることだ。また、早い出勤は、『役職』らしい人がいないので・・夜勤の人がまばらなので・・挨拶も気持ち・がこもっているようだ。そして、社員がだんだん・出勤・・その頃は床が終わっているので・・玄関とか、エレベターホールなどである。最後、駆け込むのは 遅刻ぎりぎりの人。その後は、『トイレ』となる。挨拶は、『ごくろうさま』『お疲れ様』と言ってくれる。トイレの使い方、マナーは、その人となりが・もっとも・あらわれるようだ。時々 物も言わず駆け込んでペーパーが無いです。と、ぶっきらぼうにいう人、われわれを無視してかけ抜ける人。だがここは、大手のビジネスビルなので・・とうりすがりの人は、いないのでマナーはよいという。・・・確かに、『商業ビル』『レストラン』などでは、とうりすがりの人なのだ。

一緒に働く、私より『年配』の人々は,いう・・・【こ・ん・な(賎な)仕事で、大変でしょ】多分 トイレの掃除を言っているようだ。いいえ・働いて仕事していて、今の世の中(確実にお金を もらえる)・・ありがたく思います。そして、職業の貴賎は、ないとおもいます。働けることは、幸せだと思います。

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2006年6月 5日 (月)

マイ・ブーム

マイ・ブームということばがあるそうだ。自分的に今はまっている物ということらしい・・と、いうならば・・私の食のマイ・ブームは、【クコ】【海草】【バナナ】【酢】という事になるかも知れない。バナナと酢などというと・・・テレビで、痩せるということで紹介されたから・・・と言うのではなくて・・個人的にこのごろ、そうなってしまった。

バナナこれは基本的に朝・・のデザート・・胃腸の調子をととのえてくれそうな気がしている。一番好きなのは、台湾バナナで、大きさ、香り、満足感がある。夜は、なんとなく食べない。

『酢』大体・気候が・熱くなる頃から・・毎年飲むようになった。というか体が、欲するようになったのだ。人間も動物の習性で・・?体が必要な物は、摂取したい欲望になるのだろうか? 夏になると酢のものを 食べるだけでなく、その酢を のむようになり、より飲みやすい物・・で、中国の紅酢、日本の果物酢などを ジュースで割って飲むようになった。ただ・・酢も、ブランド品は、チョッと高いなぁ・・と、思うこともある。飲むのは、朝というか午前中。だいたい50ccから・・150ccでチョッと多いかもしれない。私は観念的に、人参が嫌いだったが、人参のジュースと一緒に飲むと、飲むサラダ・・健康飲料の気分。

クコ』・・中国の友人が大粒のクコを 送ってくれた。・・目にいいという薬効を ちょっと信じて・・大匙一杯を珈琲を淹れる時の湯で・・ふやかしたり、果物酢で、ふやかしたり、いろいろだが毎日、薬のように食べている。パソコンの目のつかれに効いているのかも知れない。

海草主に若布なのだが・・生がブーム?何にでも合うので、よくたべるようになった。そして・・海草類は・・腹持ちがいい気がする。朝のサラダ、スープ、煮物にも使う。食べ過ぎても・・余り副作用もなさそうだし・・。昔50年前母が作った若布の刺身」を作ってみた。若布を 熱湯で湯ぶりして・・『生姜醤油』で食べる単純な、メニューだが、【いまのようにいろいろなドレッシングがなかったのだ】・・かえって若布、生姜、醤油のそれぞれのほんらいの味が・・楽しめて『新鮮』に感じられた。

自分の健康を 信じての・・マイ・ブーム。 がんばらなくちゃあ

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2006年6月 1日 (木)

忘れていた・・感謝

チョッと・・辛い事情だけれど・・・朝2時間・・早起きして・・お掃除のアルバイトする事になりました。『お掃除の仕事は、初めてです・・緊張しました。』4人のローティションで、仕事なので・毎日おなじ人と組むのではないのです。 私は母を 看ています。  母は、もう全介護・・時々私がわからなくなっています。皆さんは、『私の母の事情』は、事前に知っているようでした。 ある日のパートナーは、・・『おかあさん、を看ているんだって・・・?だれも看摂るのは大変だよね・・私も看取ったんだよ。私は4人なんだよ・・主人をガンで亡くしてその後は、主人の両親を 一人ずつ引き取って看取ったんだよ。そして・・その後、私の母がなくなってね。でもその後、今度は私が、倒れて、入院してね・・精神的にも、大変だった。 今は、こうして働いている・・働けるって幸せな事なんだよ。』・・・『デモね、10年以上・・私の人生の、10数年だもの・・長いよ』私は、いつものとうり・心無く・愚痴ってしまった。『だれかが・・やらなくちゃあならないんだよ・・やってあげれるんだから・・そう思わなくちゃあ』と、力強くいうのです。・・私は、だまってしまいました。反論も、愚痴もいう隙がありません。『若いんだから・・頑張らなくちゃあ・ねっ・頑張ろう』そういって、てきぱきと、仕事にかかりました。休憩の時・・ポツリと・・『でも、あんたの気持ちも解かる気がする』といいました。帰ってから・・4人を 看取った、まして主人の両親まで看取った・・長い苦闘の時間を 思った。・・だれかがやらなくちゃあならないんだよ・・働けるって幸せな事なんだよ』

健康な体、現実を嫌って愚痴っている心私が忘れていたのは『感謝』でした。働けるって幸せな事。看取ってあげることが出来る。ごめんなさい・・おかあさん。

多くの気付き、を貰って今日は有意義でした。ありがとうございました。

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2006年5月28日 (日)

ベジタリアン・・生活

近頃といってもこの2-3週間・家で自炊する時は、野菜中心ほぼ野菜だけという事もある。うーん・・野菜を 沢山買う機会『農家の即売』があったりもするが・食べた後気持ちがいいのだ。

尾篭な,話だが・・便が臭わない・・便通がいい・・胃の中でトラブルが起きないし、『体に優しい』のだ。タンパク質性のもの・肉 の代わりには、豆腐、納豆、油揚げを 使う納豆は好く使う以外・・納豆は、使い道がある。そういえば、韓国の大スター・ペ・ヨンジュン氏がダイエットに、納豆を 食べていた。というようなテレビの番組を 見たことがある。

野菜のオーブン焼き・新じゃが・・が美味しいし皮ごと食べられる、しんたまねぎ、大蒜、茸も美味しい。肉の代わりに・・厚揚げを 使う。水を使わないので野菜本来の味を楽しめる。

ミート・ソースの引き肉の代わりに 納豆を使う・納豆の粘り・・一度熱湯にくぐらせる。醤油で隠し味を つけておく・・最後に納豆を混ぜる。

ホット・サラダ・・春野菜のキャベツ、水菜、ほうれん草、小松菜、菜の花、人参は 薄く切って油あげを混ぜ込み・・電子レンジで、加熱・・時々混ぜながら・・全体にしんなりしたらドレッシングでも胡麻醤油でも。

野菜のよさは、加熱すると・・かさが減って沢山のせんいを、摂れる事なので、食べていると・・胃の満足感が得られるのです。

野菜というと・・テレビのコマーシャルからも有ってか?どうしても 『サラダ』生食のイメージがあるのだか゛・・加熱、『焼き野菜』すると・・メインディシュにも・なると思います。

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2006年5月26日 (金)

仕事の誠実とは?

仕事は、肉体労働のパートタイマー。病院の給食の、パートなのです。おばさんの中の『オールド・おばさん』もしかして・・老けている人は、・・オカアさん・・などと呼ばれるのかも知れない人々です。調理師、の下の助手したりします。『盛り付け』洗い物・病人職の配膳、下膳、などがおもな仕事ですが・・・。その中で60歳を越えているある女性。見えないところで徹底的に、のんびり・のんびり・・します。仕事の関連で時間が迫っている時でも・・人の目が無いと・・われ知らん顔。

だが、誰も注意できません。どうも社長の知り合いの紹介らしいのです。

そして、このごろは、勤務中のおしゃべりなどもおおっぴらです。われ先に行くのは、お茶の時間と、食事、でもかたずけ・・は、絶対しない。

だれもが、その人間性を 嫌っているし、いるだけで迷惑しています。だが、誠実に注意した人を社長に、言いつけたらしく・・その被害が、自分の身に及ぶのを 恐れているのです。パート・・という仕事の危うさ。高年齢だからこそ、職を失う恐れ・・それが社長という個人の好嫌に、たん、にかかっている。3重苦のようなものです

だがその彼女60歳を過ぎて・・『仕事と,私事』の区別無く、パート先の同僚に仕事上で迷惑をかけて・・あまえていることの許される・誠実の無い人生・・私から見るとそれもかなしいのではないか・・彼女の人生も、彼女との出会いも・寂しい気がする。

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2006年5月19日 (金)

【3高人】のための漢方茶

今はいろいろなお茶が、手に入る。そして、あらゆる健康食品、健康茶、健康補助材、 などなど・・どうも意味がよく理解できない物も・・有るのだけれど。先日友人から送られてきた・・漢方茶のコピー・・何か意味深深・・解かる『漢字』だけで、読んでみる。

なになに・・肥っている人がいないことになっていた中国の・・漢方茶の説明。著しい経済発展と同時に・・肥満、不健康も出てしまう問題なのかもしれない。

次の人は、飲むのを進める。

 健康上の『3高』症状の人。『高血圧』『高血糖』『高血脂』これは人生の病気の基を引き起こす、近年北方の人『上海から北の人』にとても多くなってきている・・なぜなら北法の自然環境は厳しく、特に冬はとても寒く、運動不足になってしまう『3高』からの患者発生率は増加している。心臓病、脳卒中など・・中年、老年の人は予防及び、治療の為飲用すべきである

都市生活している人都市の生活環境は厳しく、仕事のストレス。タバコのすいすぎ、不規則な生活、アトピー皮膚炎、暴飲暴食、脂肪性食品の大量摂取、添加物食品による肥満、胃腸障害、・・・この茶を飲む事により体内の毒素排出、好くない脂肪を取り除き、美容に効果あるまた、血液中の脂肪を減らす為、肝臓が順調に働き、健康維持できるようになる。この茶は、自然天然であり副作用が無く 人体に安全である

健康を考える人のために。もし健康を考えるならこの茶を飲む事を習慣にしなさい。この茶と一緒にあなたが普段愛飲している茶とブレンドしても効果はかわらない。この茶は苦味が特徴だが苦味の後のさわやかな甘さを味わえるだろう。この茶には特に多くの酸、糖、黄銅素、など含まれており・・毎日愛飲すれば・・動脈硬化、老化防止に優れた効果があるだろう。

そして、この茶の工場の品質管理・技術の高さを 説明している。

うーん・私も3高人として心配してくれたのだろうか

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2006年5月17日 (水)

生花との会話

5月14日は【母の日】でした。朝一番9時頃・・母の日のカーネイションが届き着ました。いつもは、珈琲を 届けてくれる運送会社の お兄さんでした。多分今日は、【カーネイションお届け】部隊なのかも知れません。生花なので・・ゆとりのある・・大きな箱です。開けると花束になっていました。 このまま飾りたいほど・・綺麗です。仏壇の前に置いた後・・・やはり、似合う花瓶に生けました。つぼみが結構あるので しばらく楽しめそうです。どこに置こうか・・テーブルの上において・久しぶりに花の前で、珈琲をいれて、飲みました

花にというより、花束を送ってくれた、友人夫妻に、話しかけます。

子供がいない夫婦なので・・・【愛猫】のこと、体・健康のこと、住まいのトラブルの話、花がそこにあると・・なんとなく、そこに本人がいるように思えます。そういえば・・・毎年庭に生る・・金柑、春先に咲く・・海棠なども、【父が植えたので】その時期になると、父と会話してしまいます。今年も咲いたよ・・とか、来週 枝切るからね・・とか、・・・。そうか、生花も生きているのだから、【本人の メッセージ】を託して・・【咲いて】会話するのかも知れないだから・・【生花】なのだ・・生きてる、パワーを 送るのかも知れない

半分の花を・・寝室に持っていった。朝、花を見るのは、楽しいからだ。 つぼみがふくらんで・・咲いていく様子、東側の窓に向かって、花がクビを伸ばしていたり、一本一本の花の様子を 朝ベッドから見て・・話しかけるのは楽しい。そして、朝だからこそ・・癒して、時に勇気付けてくれる。母の日という機会、に・・【生花のパワーの再発見】でした。

この花束に、・・友人夫妻に感謝。

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2006年5月12日 (金)

銘茶あり遠方より来る。

5月10日・広州の友人が、お茶を送ってきてくれた。彼は『もし、いたら』私の息子くらいの年齢である。お茶は、・・【新茶】かと・・思ったら【漢方・茶】である。しかも、初めて私に送ってくれた種類だった。華南地方では・・日常に好くお茶を飲むが、【漢方茶】も、個人の症状で愛飲しているようだ。特に歳をとって来ると・・各自の大きなマグカップで飲んでいる。考えてみると・・私の年齢、健康を・・考えてくれたのか?手紙は、無かったのでそのうち・・メール来るのかも知れない・・『嬉しさと、・・自分の年齢を考えると・・ちょっと複雑かもしれない。』

苦丁茶『くーてん茶』と呼ばれて・・茶とは呼ばれていても、薬に近い。これは茶葉は、茶の葉とも同じ物ではなく・・一枚を葉巻のように巻いてあり、カップに直接入れて飲む。字のごとく『苦い』・・だから、イロイロな茶とブレンドしたりもする。懐かしさで、『飲んでみると』・・わーぁさすがに苦い。だが飲み終えると口の中が甘く感じる。広州で・・このお茶のこと・・聞いた時は、『冷まして』飲むという事だった。冷蔵庫で冷まして飲んでみよう。

薬効は、血圧降下、利尿、解毒『この苦さゆえ効きそうな気がする。』、のぼせ、高血糖などだそうだ。遠方より・・茶にこめた『気持ち、健康への気使い』がうれしい。そして、つくづく自分の年齢も考えるが・・朋がいる嬉しさに 感謝してしまう。

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2006年5月 9日 (火)

母の日

今年5月14日は、母の日です。ゴールデン・ウイーク前から【母の日商戦】は、スタートしています。私の友人で、生花を扱っている会社に勤めている人がいます。国内はもとより海外からの・・輸入も扱っているそうです。花に興味も無く、生花を見る機会の無かった私は、その友人の話から、いろいろな花が世界から入っている事、以外な、売り先などしりました。共通の友人が,亡くなった時・・・・花好きな友人の為多くの花を持ってきてくれたのですが・・東欧からの花、など有って・・【世界から花が】来ていることを実感しました。

母の日といえばカーネイションで・・友人も一年の売り上げのかなりを 【母の日】で稼ぐのだそうです。カーネイションは、今世界じゅうで栽培され・・成田からの、搬送で・・友人は他のスタッフと10日以上・・泊り込みしているようです。だがほとんど・・鉢植え、切花も保冷状態、国によって・・またその年の気候条件によって、ばらつきがあったりと・・【生花】ゆえの苦労は大変なようです。

さて、私は、母に、子供の頃カーネイションあげたのか?覚えていない。わずかに記憶有るのは・・高校生の頃、妹弟と・・あげたような気がするが・・・?ただ、かなりあと20代の頃カーネイションあげたのに・・・【こんな物より、他の物【私の結婚の知らせ】のほうが嬉しい】などといったので私は、とても怒った記憶が鮮明にある。その母も、いまは、認知症が進行。ときどき・・自分が子供の世界になり『私たちの母ではなくなり』,亡くなった母【私の祖母】に はなしているようだ。だが母は、最期永遠絶対の肉親なのだと思う。

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2006年5月 4日 (木)

性格が変わる・・?

ある女性友達・・今年70歳代・・10年以上前に、旅行中に知り合って・・主に旅行の友達です。彼女は、一人でお母さんを 養っていました・・が、お母さんが、初期の認知症と同時に、倒れ・・家ではみきれなくなり・・遠い老人ホームに入れざるを得なくなったそうです。

もう40年も前です・・当時は、老人を家・家庭で見るのが一般的でした。だが、彼女が働いてお母さんを養っているのに・・仕方の無いことでした。髪をばっさり切られて、昔のことですから・・布のオムツをしているお母さんを 見て後悔の気持ちで心が痛んだそうです。今でこそ、いろいろな施設があり・・老人の病気にかんしての情報も有るものの・・その当時としては・・老人ホームに 肉親を入れると言うのは・・やはりよほどの事情と見られていたからです。それでも2年くらいで・・亡くなったそうです。肉親との縁の薄いお母さんの葬儀、法事、ほとんど・・一人でおこなったそうです。その後一人の生活、定年退職・・時々アルバイトしたりそれでも定年後の生活を エンジョイしていました。その頃知り合った友達でした。年齢の関係ない貴重な友達でした。

ここ1-2年、体調が悪いらしく・・誘っても出かけなくなりました。そして、骨折しやすくなり、また骨折の理由で・・でかけなくなりました。また、かってのような・・好奇心がなくなっているように・・思えました。出かければ違う・・のではないかと思い・・彼女の町の、近くに出来た(レストラン)に誘いの手紙を 書きました。スケジュールの確認のため 電話しました・・怒声です。『よくも次から次に・・考え付くわね・・後で電話して』けんも・ほろろ・・まるで別人でした。狐につままれた気分でした。まるで別人・・今までの・・あの優しさは、何だったのだろう。私の思い込みだったのかも知れない。あれほど楽しかった過去は・・なんだったのだろう。しばらくは、ショックでした。だがもう一度確かめようと・・手紙を書きました。返事も電話も有りませんでした。会ってないのでわかりませんが・もしかしたら、初期の認知症かも知れません・・好くない想像でしょうか。性格が変わることは、前触れだと思えます母も、父もそうでしただが・・私にも・・起こり得る・恐怖・・一人暮らしの重圧。今後考えなければならない・・人生の課題です

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2006年5月 1日 (月)

エコロジー・・・?

今日は、市の観光協会の無料バスで・・『エコロ』と 呼ばれている・市の施設リサイクルふれあい館【市の塵処理、をおこなう施設も併設している】に行く機会があった。

普段は、テレビで、塵処理などのレポートをみる機会は有っても・・実際行ったのは今回始めて・・なかなか面白かった消費水準と、塵の量は比例すると言うけど・・一人の産する塵の量は、相当な量だ。私は、一人暮らしなのだが、時々一気に調味料などが、なくなってしまうことがある。そのときの瓶、ペットボトルなどの量に、・・エッと驚いてしまう。そして便利な綺麗な瓶、を見ると【もったいない】と思ってしまう。そのような瓶何かに再利用できないかなぁ・・と一瞬感じてしまう。 アジアのほかの国では、調味量の瓶などまだまだ、とても旧式で、みな再利用しているからだ。だが・・流通体制がまず出来ないと、いまや難しいと思う。

洋傘修理、包丁研ぎ、和服のリ・ホーム、たが・・・いまやリ・ホームのほうが手間とコストがかかる時代だ。    家具などのリサイクル・・我が家には、古いがしっかりした、和式のテーブルがある椅子でつかえるようにテーブルの脚を つくりなおせ無いかと、相談したら・テーブルをもう一つ買えるような・・見積もりだった。そういう例はとても多いと思う。だがこわしてしまえば何にもならない・・古いものほど木材が しっかりしているからだ。イベントで提案するだけでなく・・もっと【現実的】に 再利用できる体制に取り組んで欲しいと思ってしまう。

だが、土地柄・・・生塵の堆肥肥料としてのリサイクルは、成功しているようだ。やはり生活の場・・【現実的】に 利用できるので成功しているようだ。我が家のエコ・・?料理を食べ過ぎない・・作り過ぎない・・・買い物をしすぎない?からかも知れない。

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2006年4月30日 (日)

お粥のおもいで。

お粥の思い出と言えば、子供の頃、おなかをこわした時が最初だったと思う。風邪などではなく・・もっと重い、消化系の、病気だったようだ。立ち上がると、眼が回って手をひいてもらってトイレにいった・・・しばらくしてお粥を たべたのだが、しみじみ『粥・・米』の味を 感じた記憶がある。美味い、と言う味覚より・・米が膨らんで・・糊のようになったのを今でも思い出す。父は、胃潰瘍で常に胃弱だった。時々父の御飯だけやわらかく炊いた御飯だったりした。・・だが、母は焚いた御飯の水を加えて・・やわらかく焚きなおしたものをお粥といっていた。私が働き初めて・・何年か、たった頃初めて和食の『お粥』を 食べた。米がつぶれてなく・・ふっくら・あつあつで、とても感動した。土鍋の中で半熟になった卵も・・いくつかの、たれ、きざんだ柚子、三つ葉などにも感激した。何より粥としてはじめから焚くというのに驚いた。そして、関西から来た同僚に・・粥の知識のなさで、馬鹿にされたようだ。次に粥で、感激したのは・・1980年に台湾の玉山に登ったときだと思う。玉山を 降りた後・・私は、台北の友人の家に一週間居候した。登山中に、体調を崩して食欲がおちていた・・友人のおかあさんは、旧性の日本の女子高をでていたので、だし巻き卵などを作ってもてなしてくれた。そして、台湾の・一般的・・朝ごはんは、お粥なのを知った。ただ日本のものよりさらっとした口当たりで、とても食べやすかった。後になんどか台湾に行った時・・好くお粥を 食べた。あのさらっとした口あたりは・・米のせいか?と思っていたら何度目かの旅行の際・・友人宅で、作り方を 見せてくれた。米のせいだけではなく、熱湯を使う事・・油も入る事もおしえてもらった。そして。後には、はと麦、緑豆、などもいれるようになった。胃が疲れているとき・・また油脂の多い中華系のお菜の時は、しっかりとしたでんぷん質の日本の米より・・さらりとした米、のお粥が『胃』に気持ちよくかんじるからだ。

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2006年4月29日 (土)

体からのメッセージ・・№3

4月25-6日から、とても食事が重く感じられた。『御飯』すら重い。パンは食べる気がしない。甘い物・・『スイーッ』を 買っても食欲は、わかない。ただおなかはすく。それでも、習慣で食べていた。ある朝、毎日食べてるサラダのドレッシングが 重い・・サラダだけで、胃が一杯だった。『胃』がやられているのかも知れない。・・と思い当たった。『胃が過労しているのだ。頭、気持ちでの、自覚症状は、無くとも体は正直なのだ。 ・・『薬』を飲むのは簡単だが、極力、薬は飲まないで『食べ物』で・・と考える。『お粥』を作る事にした。白米だけのお粥ではなく・・冷凍保存してある『はと麦』、【一度焚いて冷凍】、玄米などを 10倍の水の量で焚く。今は【御飯】が重く感じられる・・米より麦のほうが胃壁には・・負担を感じないだろうと思った菜を考えたこのごろ食べていない物、食べていなかった物を考えた。海鮮そして海草だった。多分・偏食していたのだ・・昆布、生の若布類を買ったし、大豆の水煮を買ったし、高かったけど大根を買った。そのときの時点では、何も考えていなかった。ただ眼にとまったので、買ったのだ。はと麦入りのさらさらの粥に、若布も・・大根おろしも入れて食べたし、昆布、大根、大豆を 煮ただけの煮物も・・2-3回食べた。3日くらいで・・体調は回復・・・サラダも、再び食べ始めた。今朝、本棚の【薬膳】の本を 読んでいたら・・・『高血圧、胃腸不良の時の食事』の参考メニューに ほぼ同じような物が載っていた、少しびっくりした本棚に本があったのはかって読んだのかも知れない・・だから、体に効く食材を『とっさに買った』のかもしれない

・・だから、どんな事でも・『知識』はかならず役にたつと思うそしてこれを機会に食を反省し、メニュー、食材の見直しができた。 いつも思う・・『体からのメッセージ』に謙虚に耳をすますこと健康あっての人生だから。

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2006年4月25日 (火)

無償の笑顔

一昨日は、雨でした。仕事の前に、いつも無人の野菜売り場に 立ち寄ります。近所の農家が、地野菜を 無人で販売しているのです。そこにはこう書いてあります。【おばあちゃんの 手作り野菜です。】だから、品揃えが、豊富であるとは限りませんが・・・眼の前の畑の【超・新鮮・野菜】が販売されます。出荷できない物も、・・?不ぞろいの【胡瓜、茄子、じゃが芋】だったりも有りますが・・・何より新鮮、眼で確認できる安心、申し訳ないほど安いどれも・・・100円です。100円ダマ一つを自分で箱に入れて、『支払って』野菜を 貰っていきます。あるとき・・2年くらい前でしょうか 【お金が合いません・一円ダマが入っていました10円ダマがはいっていました】と、とても・・下手な文字でかいてありました。繰り返し貼られる文字の抗議の気持ちに、私もかなしい気持ちになりました。私は、腹を立てました・・おばあちゃんの手作り野菜を そんな善意を 踏みにじる・・人間がいるなんて。少しのあいだ・・お休みしたようです。とても寂しくかんじました。が、復活・・私がその売り場を とうりかかるのは・・午前11時頃です。・・・ある日用事があって・・8時頃そこを とうると何人かのおばあちゃんが、自分の手押し車に坐ったり、柱に寄りかかったりして、話していました。みんな、この近所の人で、散歩しながら野菜を 買いに来るのだそうです。ある人は自分の家でも野菜を作っているのだけど・・お話したり・・他の家の野菜を 看に来るのだそうです。 自分で歩いて来るほど元気なのですが・・ここのおばあちゃんは、【野菜を作れるのが・・すごい】といっていました。そう、たしかに【重労働】です。でも野菜をつくっているおばあちゃんに会ってお話する機会は有りませんでした。

時々見かけることはありました。・・農作業していました・とても小柄で、気の毒なほど腰がまがっていました。地下足袋はいて、セーターから、すっかり背中がでてしまい・・地面、土だけを 見ているように・・ゆっくりゆっくり・・農作業していました。自分の意思で仕事しているのだけど・・・幸せなのだろうか・・辛くないのだろうか見ているとかわいそうな感じもする・・などと・・自分の身で考えたりもしました。

雨があがった時、野菜売り場には・・何もありませんでした。手ぬぐいをかぶり長靴をはいたおばあちゃんが・・きました。【今日は、なにも無いんだよ。ごめんね】といって飛び切りの可愛い笑顔です。 【いつも、楽しみにしてるんですよ・・あの・・仕事たいへんじゃないですか・・】など゛と・・つまらない言葉が口からでてしまいました。こぼれるような笑顔で、 【うぅん・・まっててくれる人がいるし、おいしいといってくれる人もいるし・・明日はあるからね。】それは、自信にみちた、【無償の笑顔】その笑顔は、私のつまらない・・詮索意思などふきとぼしました。  ありがとう げんきでいつでも・・野菜まってます。

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2006年4月22日 (土)

人生の幸福時間

母が認知症になって・・10年近くになる。認知症になると・・・性格が変わっていく。見ているほうはつらい・・また、初期の段階では・・自分でも?・という記憶があるので・自分自身で苦しむ。父は、アルツハイマー型の・・認知症だったので、初期には、自覚していた・・そして、苦しみ、悩んだようだ。まだらボケの頃は時間によって、日によって、性格が変わっていた。周りは悲劇を味わう・・また、第三者を巻き込むと、その対応で・・更に苦しんだことも有った。性格が変わる・・・のは『本来の性格』と逆の場合、本来の性格が更に強硬になっていく場合もある。そして、最後には・・自分の育った頃幼少に戻ると言う。父は最初は自分が・・認知症が始まった事を、知っていたようで・恥じていたので・・いろいろ『用心』したようだ。だが・・進行すると、自意識が無くなっていった・・性格が変わっていった。より自分の本来の性格・・人の批判、裁き、などが顕著になっていった。・・まるで、ベスト・タイミングで母は・・幻聴、から来る盗聴などの被害妄想・・の神経症と、初期の認知症になっていたので・・周り、近所、親戚、友人との、いざこざがはじまった。『年寄りだから』のレベルでは無く・・父の言葉は理路整然、辛辣だったのだ。絶交・・しかも、感情のしこりを のこして。更に孤立を深めていった私も精神的に追い詰められていった・・一番身近な被害者だった。自殺も考えた事も有った・・ついに・・父と母を、別々に預けて・・それぞれ生活した。父は、認知症の進行より・・肺炎、気管支炎・・などで病院暮らししていた。最後の頃、病院に行くと・・もう私たち子供も 目に入っていなかった。『自分の世界』に生きていたようだ。窓の外を見て自分の子供時代にかえっていた・・方言で話し、『父親か早く亡くなったので』・・母親と話していた。まるで別人のようだったが・・・いままでに無く安心して幸せそうに見えた。好く話していた・・片親の極貧暮らしの子供のころなのに・・米の焚ける事を 幸せそうに待っていたり、近所の友達と田んぼを あるいているのだ。不思議な感動だった。昔の私が、眼に映っていて・・高校受験の話をしたり・・ひさしぶりに見る父の幸せそうな時間だった。・・・結局2ヵ月後・亡くなったのだが・・あの時の父の感じていた時間こそ・・結局父の人生の幸福だった時間なのではあるまいか・とつくづく思う。母は、父と違い・・悔しかった事悲しかった事ばかりを いうのだ。夫である・・父のことは、もう余り覚えていないようだ。子供も このごろあやふやになってきているのだ。

両親を見て思う・・では、自分にとっては・・幸福時間とは 何時だったのかと。あるいは・・自分の意思と、関係なく・人は認知化するのかもしれないが・幸福だと思える時間、精一杯『記憶に残るように』書き留めておこうと・・思う。

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癒される・・から。

お茶会』開催する事は・・そう、苦労では有りませんが。準備にてまどります。お茶菓子は、消化、のことを考えると・・このごろ『ゼラチン』を 使ったゼリーになりました。出来るだけ・・昔の味を いれるように・・黄な粉、すり胡麻、黒砂糖、など使います。

サンプルを作って他の老人倶楽部の方、ホーム・ヘルパーの家庭の主婦にも・・試食してもらったり・・そして改良して作りなおしたりします。そういう時間も楽しいものです。自分の視線以外の見方が・・わかるからです。炒り胡麻をトッピングに、使ったら・・・入れ歯に挟まって痛いなどと言う意見も、あって、好く理解できました。『ゼリー』のよいところは、吸収しやすいことです。だから、果物,野菜なども摂れることです。『売っていない、オリジナルな物を 考えられるので』・・メニューは、無限・・頭の体操にもなります。

そして、『お茶会』の当日・・・お茶、ゼリー、写真集から・・昔話を 思い出したり、話してくれたり・・無口だった人が、話かけてくれたりすると・とても嬉しい・・心ひらいてくれたこと・関心持ってくれたこと・・でも・いちばん・嬉しいのは・・『笑顔』です。純粋な気持ちからの笑顔は・・・私の心を癒してくれる。いくつかの準備、手間などすうっと消えてしまいます。そして・・終わった後は、また次の『お茶会』を かんがえます。ボランティアに行くのは私が・・癒され・・元気になるからです。 ありがとう。

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2006年4月21日 (金)

『思い出を 』プレゼント

4月19日『水』は、近くの通所介護施設で、月、一回私が開催している『お茶会』です。これは・・茶道ではなく、世界のお茶を・・毎月楽しみましょう。と言う趣旨で・・珈琲、紅茶、ハーブ・ティ、日本茶、中国茶などさまざまです。今回のメニューは、カフェ・ラッテ・・珈琲にホイップ・ミルクを乗せた珈琲でした。本来は、珈琲は、深入りローストの香りの強いものを 使うのですが・・・通所介護施設のお客様です・・マイルドな香りの新鮮な挽きたての物にしました。70歳以上80代の方もいるので心配しましたが・・・結果は、皆さん とても、とても よろこんでくださいました。感想は、皆さん『喫茶店』に行ったようだと言うのです。『喫茶店』ですか?40年以上前・皆さんの青春時代? 今は・・とても少なくなりましたが・・昭和30年代の喫茶店、個人経営のお店がおおかったので・インテリア、テーブル、砂糖のポットまでお店本来の個性があったのです。経営者の方は『マスター』と呼ばれて商店街、などの役員していたり・・『喫茶店』は、一つの文化だった時代です。ある方は、よく行った喫茶店・・店名は忘れたのに、過去の時間を思い出したらしく・・ぽつ・ぽつ・と、なつかしみながら話し始めました。

ほんの少しの時間ですが・・『珈琲からの思い出』プレゼントできて、私もとても嬉しくなりました

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2006年4月15日 (土)

不健康・長寿

昨日は、母の介護認定の調査だった。母は、今の病院に、4年に近くいる。認知症が進行したため・・他の病院から、移ったのだが・・ここでも・・さらに進行していった。肉体機能の衰えも・・著しくなっている。咀嚼も,嚥下も、むずかしいので・・とろみのついたお茶、ゼリー状の食べ物だが・・『少しは、肉親の情のある食べ物』で『りんごの摩り下ろし』『最中』、いえで入れた『さました茶』など、もっていった。だが、最中に、対しての認識が なくなっているのだ・・きょとんとして、私を見ている・・動かせる左手に有る最中が、たべものなのは解かるが・・どうして食べるのか、わすれているようだ。・・・最中を箱だと思っているらしく、テーブルの角で・・開けようとしているのだ・・・[見ている私は、辛さを通りこして・・腹立ってくる]・・一口つまんでやると・・ようやく、思い出したらしく・・かぶりつくのだが・・左手を口まで持っていくのが・・重労働なのだ・・そして、なかなか一回で口まで持っていけないのだそして、ようやく・・口に入れると・・唾液が無いのか・・むせるのだ。ストローで、お茶をのますと、ストローで飲み込むのが・更に重労働、一気にストローですら、のみこめない。左手の最中を 食べたい気持ち【食欲】は、あるのだが、口まで持っていくこと、【身体機能】も、もうなくなりつつあるのだ・・・病院の判断は,全介護に移行しつつあるという。遅早・・植物・人間化していくのだろうか。

不健康で・・長寿・・日本人の、女性平均寿命は、82歳と言われるそれから、考えるとまだ平均年齢とはいえないのだが・・やはり長【命】・・寿【めでたい】とは、思えないのだ。

現実の問題として・・・いろいろ考えることは、あるのだが・・この現実から、【学ぶ事】としては、健康を 維持しての、長寿なのだと、つくづく思う。 だからこそ、今から対処の方法をお互いに考え、心身ともの健康での長寿を 喜びたいと思う。母は、そういうことを考えさせる・・サンプル・・なのかも知れない。

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2006年4月13日 (木)

母のために・・。

テレビ番組で、ブルガリァ出身の『琴欧州』関がでていた。兄弟子のコメントで、幕下時代の手当てまで、家に送っていたようだ。大事な物、[最愛な物]は家族、母だと純粋に答える。親方は、『今の日本人には、無い感情です』といっていた。ん・・さきがけとなった、ハワイ出身の『小錦』関、モンゴル出身の『朝青龍』関も、おんなじこといっていたようにおもう。・・言葉、習慣、のわからない外国で、ある意味危険も覚悟、闘魂だけで、立身出世し、結果『財、金』を作る・家族、『母』・・一門のために。

『今の日本人には無い感情』・・ですが、かって昭和の30年くらいまでは、有ったのかもしれない。横綱・・『大鵬』関の回顧・・のなかでも、同じ事言っていた様に思います。生んでもらった育ててもらった毎日・・食べさせてもらった。など。母、『家』に対しての感謝があったように思う。兄がはたらいて、弟の学資を作る。など一門、家族同士が支えあったのだろう。何時からこういう感情が無くなったのか・・・?経済発展、生活の安定、総サラリーマン・システム?核家族化、・・いろいろ理由は、有るのかもしれないが、・・現代の若い人ほど・・生きがい、目標、愛情も希薄になりつつ有るのは・・残念に思う。だからこそ、かれらを見ると・・・すがすがしく思ってしまう。

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2006年4月12日 (水)

『ブランド・品』・・?

昨日の夜のテレビで、中国緑茶・・の中の最高級【西湖・龍井茶】の【偽者】が出回っているという事を レポートしいていた。近頃中国では、緑茶が人気があるようだ。とても高価だし、いいものは・・だれもが手に入れられる物ではない。茶のオークションなどでは、オークションに、出る権利も選ばれてしまうのである。 中国の経済発展に伴って・・かってのように名産地産の【茶】が、一つのステータスにもなってきているのかもしれない。無いものを、望むのは・・世の常だが、銭さえあれば・・というのも世の欲であろうか。そこで、コピー商品が出てくる・・10数年?も前だろうか、広州に行った時・・茶園も持っている大きな茶葉店で、【烏龍茶】の、保証書のシールの偽者が出回っているが、ここのは本物であることを説明し・・得々と、本物と偽者のシールの違い、パッケージの違いなど・・説明されたことがある。中国は、広いし、情報も【今までは】いきわたらない所が多かったので、かなり出回っていたのかもしれない。テレビの中で、パソコンを使って、本物の確認が出来るようにし、ここの茶の品質保証を守るといっていた。パソコンの普及は、品質保証・産地保護まで可能にしてくれるのだろう。

偽ブランドといえば、日本では【新潟、魚沼産・越ひかり】だろうか?大体生産量の10倍ー15.6倍流通販売されているという。 いつも疑問に思うのは、・・本物と思っていなくても・買っている人がいるのではないかと思うこと。 たとえば、価格・・・1キロだとか、2キロ入り、和紙のような印刷の袋、毛筆で書いたような字体・・ある人は、パチンコ店の景品だったというし・・私も一キロ入りの袋をもらったことがある。電気がまで焚いたから・・・ではあるまいが・・感動した味でもなかった。インターネット・で直接販売しているひともいるようだ価格を見ると、【納得】するような高さである。そして、一昨年の中越地震で、田んぼが、まだ復旧していない所も、あるようなので・・更に、入手困難なのでは、とおもったりする。だが【美味しい米のブランド】・・という、イメージを 味わっているのかも知れない。結局 私は、価格も味も、安心できるので・・納得して・【秋田】の米を えらんだ。

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2006年4月10日 (月)

遭難する時・・

ある・・友人が、やりたい事、やらねばならない事などで『パニック』に陥っていた。一日48時間欲しいようだ・・誰が見ても疲れている。休みなさい、と忠告しても、眠ろうとすると・・眠れないという・・このまま行くと、『体壊す』か『ノイローゼ化』するか?なのではと心配する。

友人を 見ていると・・昔、山で『道に迷って』・・遭難しかけた?事を 思い出した。山小屋泊まり・・一人山旅・・みな出発した後・10時頃・急ぎ旅ではないので・・一人で山の峰に行ってみることにした。森林が切れたあたり岩場にかかるところで・・8月というのに突然霧に包まれる視界が3メートルという怖さだった。温度が急にさがってきた。まるで映画のようだ・・しかも山小屋へ帰り道を見失う。まず山道に出なければ・・不思議な事に人に会わない・・『遭難したのだ』・・その思いは・恐怖となって・・心を動転させた・・道を 発見しなければ・その思いだけの焦りで、歩き続ける・・比較的新しい足跡発見・・足跡をたどれば・・道にかならず出る事が出来る。慎重に慎重に、足跡追跡・・かれこれ2時間しかし、道は発見されず、疲れて、ふっと見ると・・・私は、私の足跡を追いかけ・・同じ森林を 3回回っていたのだった狸に、化かされるという話は・・実は、自分の心、迷いを といたもののような気がする。

霧が ひいた後・・もう夕暮れだった。結局、山小屋にかえれず・・峰の反対側の山小屋に泊まった・・もちろん遭難・・騒ぎになっていた。遭難は、自分の心にも問題があるのかも知れないと痛く反省した。

友人も・・今・・『遭難』しているのかもしれない。

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2006年4月 9日 (日)

夢をあきらめない・・人。

近所の公園の、櫻祭りで・・地酒『日本酒』の発売していた。タウン誌て読んだのだが・・地元の米で作った日本酒だという・・・そういえば、この土地は、ほとんど米が見当たらない・・ここの美味しい作物は、イモ類である・・そこで。まず米作りから、米を作ってくれる所から始まったという・・のだ・・気の長い話・・そして、10年という時間にも驚いてしまう。

あきらめない・・あきらめなかった・・のは、子供の頃の思い出、『日本酒』にまつわるいい思い出、家族、父親たちの『幸福感』を感じたからからたと思う。夢をあきらめないのは・・目的が幸福を願い、愛情があるからだと思う。

販売している、地酒を作る会の会員諸氏とても、幸福そうでした。自分たちが・・作りあげたものを売り、同好の意見、など話会えたら、至福の喜びではないでしょうか。櫻は満開の時をむかえて、会員諸氏の気持ちも満開だったのかもしれません。

グラス一杯を ワインのように飲み・・『幸福感のおすそ分け』を 貰った気がしました。

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2006年4月 8日 (土)

物からのダイエット。

一昨日の昼下がり・・近所の友人が、新聞広告の中にある『粗品進呈』を みつけたので近くの、高級衣料品店に行こうというので・・同行した。もちろんだけど・・・99パーセントは、50代以上の、叔母様族・・・人生の生活にやや、ゆとりの出来た世代。デパートの系列店なので・・売っている品物は・・安くは無い。が、『粗品進呈』の心理効果は、おおきいようだ。私は、3年前くらいに、衣料全体の 大整理、ダイエットを決行したので・・現在は物を増やさない、事を心がけている。三年前の大整理の時・・『粗品』がだいぶでてきた。今、病院にいる母のものも・・・箱ごと、袋ごと、大量に出てきた。あるものは××記念などと印刷されたままだったり、中を見た形跡すらない物もあった。 母の時代『現在80歳』は、自分で、ものを貯蔵しなければならない事を経験しているのだ。食料品にいたるまで良く、とっておいたのだろう。 バブルの頃は、『粗品』は販促の意味のあるものもあったので・・ちょっと、オリジナりティのあるものもあったと思うしなかには、今も使っている便利な・・小物もある。だが・・現在は、必要な物だけで・十分事足りる。 たまに、『粗品』を貰った時は、・・お店の人にあげたりする。

『粗品』に関わる煩雑さから・・・アウトしたいとおもう。ものを持たない、ダイエットは、私は心地よいからだ。

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2006年4月 6日 (木)

文書のダイエット

今日から、書類、主には手紙、本、雑誌類の分類、整理にかかることにした。まず、未開封のメール類・・なのだが・・みていないもので贈られてくる物も・以外にある。断ったはずなのに・・まだとどいている物、  えっ・なぜ? また過去興味あったので資料を 取ったら・・定期的にカタログをおくってくるもの・・これも断らねば・・と思うと、9冊もの毎月のカタログだった・・販売促進資料としても・・無料ではないと思うと・・とても『もったいない』気がする。そして、封筒は念入りにシュレッダーに、かけた。住所の情報は・・防犯の意味もある。             そして、あとで・・あとで・・と考えて、結局読んでいない本の箱。これもカバーのかかったまま・かなりある。何時・・買ったかなぁ・・などと、再びのぞいて・・時間がたっていたり衣類の時のように・・期限、整理条件、などきめて・荒療治しなければならないようだ。何でもそうだが・・人間は、性格パターンが決まっていて・興味有るもの、作家、など、余り急激に変化しない・・ので、おなじ『趣旨、作家』の本など・・かぶって出てくると、一時自己嫌悪になったりもする。本は、衣類より・・売り先がある。ので・・まとめて思い切って引き取ってもらおうと、おもう。本も、『賞味期限』を 決め、また内容がわかるように・・書店のカバーを かけるのを 辞めようと思う。だが・・その中でも、分類できないものも、出てくるかも知れない。・・自分だけにしかないおもいで、の本など。それがどのくらいになる物なのか・・わからない。だが・・それは、それで、今の時点ではいいと思う。

身体のダイエットは、・・外見に表れるので励みにもなるが・・文書のダイエットは、自分の心、生き方、など・・自分自身と、向き合う時間でもある。期限を 決め手・・じっくりと、かたずけて行こう・・眼に見えるように・・本箱も一つ『父のものだし』処分して・・・自己の達成感を 感じるようにしょう。心、情報も・シンプルに・『シンプル・イズ・ベスト』なのだと思う。 

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2006年4月 5日 (水)

【シンプル】イズ・ベスト

現在は、物を捨てることも、お金がかかる。廃棄物処理業者すら、競争となっている所もある。私も、父が9年まえなくなり・・・その処分などまだまだかたずいていないものもあるのだ。小物もそうだが、・・・家具などもある。いまやガレージ・セール、バザー、青空市なども・・日常の余分な物の、販売の機会でもある。・・・どうしてこんなに【物余り】になってかたずかなくなったのだろう。そして、恥ずかしい話だが、私の本棚には、【捨てる・技術】だとか、【モノと分かれる・・生き方の整理・整頓】などという本・・一度はよんだのだが実行未満になっている。モノをかたずけ無ければいけない時期・・たとえば一年の中では、今頃特に、かんがえてしまう。多分冬の間は、寒さで、毎年いろいろなものがたまっていくからもある・・クリスマス、お正月などなどギフトもあるし・・防寒のため、モノを準備しなければならないからだ。  今年こそ、今度こそ、と考え結局・・完成しないで・・かたずかない

だがここ1-2年で、すっきりしたものもある・・衣類である・・これは、父が亡くなった後・2年かけて、布団類、衣類、処分し、使えるものは、クリーニングに出して寄贈したりもした。バザーにもだした。そして、自分の衣類も冠婚葬祭以外・・の【着るかもしれない】【買って、一度しか・・きていない】ものなど、ばっさり処分した。自分が【・・かも知れない】などと想っているものは・誰も・ほしがらない、貰い手もないのだ。また、去年友人の結婚パーティのドレスは、【リサイクル・ショップで1000円】小物類は、シンプルな永年使えるものがあったので・・十分足りた。手元にのこした小物、衣類は、みなシンプルな、デザインなのだ。結局どうしても必要なら・・リサイクル・ショップでも事足りる時代でも、ある。

昨年1月、ガラーンとしたクローゼットを 見たときは、ちょっと寂しい気もした。今は、一目見れて・・便利、すっきりとしている。そして、いかに【不必要】なもので・場所を占領していたのかと、思った。今年は、台所と、本棚に手をつけようと思う。『食』と『本』も、自分をみつめなおして・・・モノ、考えのダイエット・・シンプル・イズ・ベストだと、思う。

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2006年4月 3日 (月)

『猫の居間』お断り

櫻の花が満開です。今年の特に寒かった冬が嘘のように・・例年どうり開花しました。こういうとき・・自然のすごさ、素晴らしさを 感じます。そして、四季のあることに、幸福感を感じます。『春』は、特に・・新期、始動、希望など『始まり』を 感じ『うきうき』した感じがあります。今年の寒かった冬・・さむくて『冬眠、』のように・・ちぢこまっていたので・・家の中も、家の周り、小さな庭、もほったらかしにしていました。庭の椿も大きな赤い花を つけたとき・・発見『猫のベッド』・・しかも、『トイレ』まで南側の 濡れ縁の下・・・しばらく、忘れていた一角です。しかも、眼が合っても逃げません・・『居住権』ありという顔でにらみ返します。 気候が暖かくなったので・・『臭い』もしてきたのです。

さすがに、しばらくの間の『私の不精』を 猛反省しました。近所の飼い猫らしく綺麗な首輪までしています。そして、『猫の餌』の空き袋まで・・・エッそれはないでしょ。ここは私の家・・なんで・・人の家の軒先に、猫の居間など・・作ってしまうの住居侵入・・暴力行為です怒り心頭・・血圧上昇・自分にも・・かなり・がっかりしました。こんなに甘く・・見られているのかと。

シャベル、を持ち出し土をならして、雑草を狩り、濡れ縁を掃除し・・20キロの砂利をまき、レンガを敷いて・・・玄関と柵を みがいて我が家の意識を アピールしました。今の世の中は・・『人を殺してみたかった』という理由で、日中人が殺されてしまいます。猫といえど・・家への・・住居侵入は、防犯用心。精神的に自分にも、心の隙が・・あったかも知れません・・・冬が終わって、いい反省,気付きの機会でした。家の周りの大掃除かたずけにもなりました。さらに新たな気持ちで、頑張っていきましょう。

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2006年4月 2日 (日)

食の安全とは・・№1。

食材を買うとき・・ちょっと気にします。産地、賞味期限、会社、コマーシャルの記憶など・・そして、価格は、最後です。価格が高いからよいものとは限りませんが・・何故その価格なのか・・ということで、納得するなら・・買うこともあります。そして、鶏卵は、いつも同じメーカーのものを 買います。  昔・・40年以上前ですが、父方の親戚が『養鶏場』を 経営していて・・・有精卵、投薬、の事など・・子供心にも聞きかじりしていた思い出が・あり特に鶏卵は・・気にします。・・・・が、こういう私だからでしょうか鶏卵のアクシデントにあいました。たとえば、有精卵を 歌っている地場産メーカーでけっして・・安くない価格。殻は、厚く、殻の色は・・かなりアカっぽいが、卵黄は、ぷりぷり力強くもりあがっている・・・6個入りを 買って私ひとりで・・大体一週間で消費する。

消費期限は,殻にシールがはいっているほど・・よくかんがえているようだ。 一年以上も前・・割ると,孵化の始まりか、血痕が入っている。慌てて次を割っても・・血痕がはいっている。  結局すててしまった。  次の機会も、血痕が入っている卵だった。  店のサービス係りに 話しても『そういう・・クレームは・・・聞いたことありません。とにべも無いだが・確かに・・血痕がついているのだ。それを 証明する手立ては・ない。冷蔵庫で保管していたとしても・・時間がたつにつれて・・不確かなものだし。  結局あきらめてしまった。

一週間まえ、違う鶏卵場のものをかった。臭いが無く・・卵黄の色が濃く、美味だという、のだが・・6個入り5個までは・・正常だったが・・最後の卵の黄身のなかに・・青い、塊を発見そして、変に臭い・・卵のにおいより・・薬の感じ?・・・『卵とじ』にしょうとしていたのだが、かき混ぜているうち食べる気はうせしまい・・考えて・・やはり・・止めてしまった

確かに・・・クレーム・センターもあるが・・・問題は確実に養鶏場に伝わらない事ではなかろうか? 各言う私も、養鶏場にまで・・・事実を伝える自信は無い。一時期に,かなりの数が・・発生しない限り・・かなり深刻な問題でない限り・・難しいのかもしれない。

友人、に聞くと・・そういう鶏卵アクシデントに出会ったことが無いという。  私は・・『当たりや』なのだろうか・・?

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2006年4月 1日 (土)

満足感の無い食事

昨日の、記事で・・大昔、香港の『日本料理』店で食事した時の・・感想を書いたのだが・・・なぜ満足しなかったか、居心地悪かったのか、もう一度考えた。時効だから、オーナーに許して欲しいけれど・・・『偽・物』だから・・だったのかもしれない。 料理という文化・味覚・を 理解しなくて・・外見、だけの、売り上げだけの・・商品だったのかも知れない。商売になる・・その読みは、確かで、・・・繁盛したようだ。 『満足感の無い食事』時々だれもが経験することがあるのかもしれない?  やけに安いツァーの、昼ごはん・・何時作ったかわからない食事・・蝦は、入っているのに・・だしガラのような・・食べられない蝦だったり。という経験もある・・た゛が、そのとき、一緒に旅した人たちの意見は、『格安すぎて、こうなってしまったのかもしれない・・が、たべる気がしない』というものでした。つまり、体裁・のために、用意した・・・食事『商品』なのかもしれない。

だが・・食べるという事は、胃袋だけではなく、五感、心の満足も満たしてくれる物ではなかろうか?

心』を 感じられる満足な、食事・・・日常、毎日、のことすぎて・・・気がつかない。だが、非日常の、こういう経験だからこそ・・・あらためて、考えてしまいました

今から・心から感謝を込めて・・・『ご馳走、さまでした。』

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2006年3月31日 (金)

日本料理・考・・№2

味は【料理】・・・食文化だと思う。戦後60年で、また、この平成時代に なって食も大きく様変わりした。バブルの頃は、食の傾向も・・・【バブル】だったのかもしれない。自分の味覚より、外見、見栄、コマーシャルの影響、などもおおきかったのかもしれない。高級食材、食べたことのない分野の料理、眼にみえる豪華なもりつけ、自尊心をくすぐる・・サービスなど、世界各国からの料理が、軒をつらねていた。1980年頃・・もう20年以上まえ、香港にも新たな・・日本料理の店が できはじめていた。商社員、旅行社、駐在員など、日本人が多くなったことで、日本から香港に店を出す人もいたようだ。何回か、ある香港の日本料理店に行ったことがある。女性オーナーは 広東出身の香港人だったが、一度も日本に来た事は、なく・・・実質、マネージャーと、ハズバンドが、プロデュースしていたようだ。

店は、小さく・・・入り口を開けると。はっぴ姿のウエイターが太鼓を たたいて・・・全員で【いらっしゃいませ】と挨拶してくれる。細い階段をあがると・・各テーブルには、女性担当・・日本語は、じょうず。壁には、日本酒、竹細工、障子風なインテリァ、色紙なども、かざっている。・・・驚いたのは天井・・・俗に言う,浮世絵の【日本のあぶな画】が 飾ってあるのだ

なんどか・・食事したが・・大きな盆、見たことも無い装い、黄色い沢庵、梅干、を国旗のように並べるなどの、ぎょぅ・ぎょぅしさ、で 『がっかりしたのと、落ち着かなかったからだ。』価格も、たかかったと、思う・・ホテルのレストランと、替わらなかったのかもしれない。  だが 『海外の・・・流行だからの日本料理店』・・では、ないかともおもった。

他の『日本料理店』では、日本から寿司の『板前』さんを 連れて行って目の前で、握ってくれる所円形カウンターの『オープン・キッチン』もあった、板さんの、食材の説明などもあるので安心するのだ・・・価格も安くはなかったが、香港の人も気にいってくれた。このような形式の日本料理店は、・・後に店舗を ふやしたようだ。

『日本料理・・ということで・・思い出してしまった』今は、懐かしい思い出である。

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2006年3月30日 (木)

日本料理・考・・№1

テレビのドキュメンタリーで、海外、ヨーロッパ、ロシア、アメリカなどでも、日本料理が人気だという・・・その中で【日本料理】・・・というと、レストランのメニューを 指すようだ。代表的なものは、寿司、海鮮料理、・・・など、料亭でだしていた伝統的なものをさしているようだ。昨年【05年】海外の友人に持って行く為、料理の雑誌を 探しに新宿の書店にいったら・・・英語版の日本料理のレシピ新しい調理師の創作レシピ集海外の寿司店の人気メニュー・レポートまであって・・本当に驚いた。古い概念で、日本にいて・・日本料理を考えいたので世の中・・・海外情勢・生活変化をかんがえられなかったのだ。だが、ヨーロッパから、アメリカからの、BSE問題は、食に関しての概念を 著しく変えたのだろう。そして世界同時に・・・【食と健康】を見直したのだとおもう。かなり、食に対して保守的で頑固な国も・・食に対しての考え日本料理からの影響を 感じてしまう。更に、けっして安くは無い価格である、日本食はトレンディ・レストランな事もあるが・・食材が、高価なのだろう。

そして、その食材はおもに、海鮮類である。先日バス旅行で、・・・海鮮を食べにいった・けれど・東京都内でも、安くはないからだ。  海鮮類、特に蟹、蝦、はじめ魚類などは、年々値上がりしている・・それは海外、いままで消費されなかった、ヨーロッパの消費、ロシア国内の消費が、のびているようだ。更に、アメリカも増えているようだ。

悪い想像してしまう。・・・近い未来・・日本料理が高級化していって、一般に食べられなくなり本物は、海外で食べるしかなくなる・・などと。

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2006年3月29日 (水)

健康な味覚

健康な時は、何を食べても美味しい・・本当にそうだと思う、人一倍良くたべ、食べる為の旅行したり・・食中毒、なども海外で経験した。心身とも 被労して・・食べる事ができなくなったこともある。病気・・・腎盂炎の時は、味覚が塩気を 拒否するのだ。味覚が体からのメッセージとなってあらわれた。ことも経験した・・・体の発するメッセージに、いつも感嘆するし・・こういうメッセージを 受け取れる事も、【健康】の証なのだろう。先日、バス旅行で【海鮮焼き】を 食べにいった。そのとき・・【たれ】が無いのですかということ、をいった客がいたが・・・・今多くは、【たれ】他の味を 付け足して食べるほうが多いからだろう。  

海鮮の、蟹、伊勢海老、いしもち、車海老、は、何もつけずに素材そのものが美味しかったし・・また、焼くという最もシンプルな料理だった為・・・堪能できた。

健康な味覚は・・心身健康だからこそ・・味わえる。何気ない日常自分の健康に 感謝する

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2006年3月27日 (月)

料理の基・・?

3月も、春分過ぎると・・毎年・・櫻もほころび始めて『春』を感じずには、いられません。寒さに極端に弱い私ですが・・春・と秋・・は四季のあることに幸せを 感じてしまいます。バス旅行で、南房総に、海鮮・焼きを食べに行きました。海鮮・・磯料理・・都内のレストランでは、とても・・値段が高くて、おいそれとは・・行けません。そして・・食材の国産のもの?という産地の、不透明間もあります。

着いた先は、・・・軒先に水槽のある・・一昔前の飲み屋という風情・・目の前の海には、小さな漁船が、りくあげされていて、まるでモノクロの映画のよう。中に入ると・・板の間の炉辺焼き・・炭がかんかんに熾っています。その上に各自、海鮮を のせて【焼いて】食べるという・・シンプルなもの。壁には、取材?で来たのか・・有名人と、この店の主人のツーショット写真と、サイン色紙が、処狭しと、並んでいる。がやがや、わいわい、おしゃべりしているなかで・・・・『レストランなどには、必ずのようにある』・・・たれ、が無い事をいった人がいる。すると、店の人『要るとき・・言ってください・・要らないと思います。』とぶっきらぼうに、こたえている。

各自に海鮮を無造作に配ってくれる。漁港・・保田、勝山で水揚げされた、魚を 見せてくれるので、安心感がある。塩は、ふってあるので・・・【焼く】だけで・・十分な美味しさ・・やがて、がやがやの声もなくなるほど・・・・【一身腐乱?】口を 聞く暇も無く食べ続ける。炭が・・燃えて・・・灰が白く舞い散っても・・そういう風情も・・ここには会う。両手が、べとべとになっても・・・・【手でも味わう】・・おいしさなのだ。無造作に、貝殻、骨などバケツに放り込んでいく・・がたがた言う音さえ・【耳で味わう】・・美味しさかも知れない。

食材を 【焼く】のは・・・料理の基なのかもしれない。だから、眼で安心感を 感じ、味わい・・耳で音を聞いても味わい・・・手で、直接さわって感触も味わい・・・鼻は、もちろんりの変化・・焼きあがっていく過程を味わえる・・・五感で味わうのだからとても贅沢なのだと思う。・・・・だから、人気コースなのかもしれない。

焼くという・・・料理方を 考えさせられた一日でした。

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2006年3月26日 (日)

父への、詫び状

3月21日は、春分の日でした。父の墓参に行きたいと思うものの、時間のつごうで私一人22日に、いきました。帰り道、新しい【手打ち蕎麦、饂飩屋】を みつけました。とても小さい・・夫婦ふたりでやっている店のようです外には、赤い毛氈をひいた縁台もでていて裏手には、昔の井戸、木造の脱穀機、などおいて風情のある・つくりです。テーブルは、4つ せいぜい27-8人 入ると一杯でしょうか。

入り口に、製粉用の石臼があり、隣りで、蕎麦を打つようすが、みえるようになっています。やがて、蕎麦が運ばれ・・・庭を見ながら遅い昼食として、食事です。ちいさな店なので・・蕎麦粉の、香りが【ゆでている・・?】ただよってきましたそして、瞬時に、【父との 蕎麦の思い出】がよみがえりました。 瞬間涙があふれ、箸をとめてしまいました。父が亡くなったのは9年前・・・ですから、10年も前・・でしょうか。

86歳頃の父は、アルツハイマーで呆けはじめていました。病院を行き来、していたもののまだらボケで正常な時は知識も、あり豊かな感情もありました。その当時の同僚に、もらった長野産、の薪蕎麦粉を 見せたとき・・・【本当にうれしそうだったのです】。何度も、香りを嗅いで・・ニコニコしました【もう・母は、重い鬱症状で、到底家事・・まともな物ではありませんでした。】でも私は、蕎麦を作れないというと・・いや、【蕎麦がき】にしてくれというのです。解かった覚えるからね。といって・・雑事でわすれてしまいました。時々、父は、何時作ってくれる・・と、いっりしました。まだらに、呆けたとは言っても・・正常な時は、自分の好きな食べ物・・まして、『買うのが難しい蕎麦粉』のことわかっていて、気にしていたのでしょう

そして、翌年・亡くなりました。その一連の出来事が、【そばの香り】で、思い出しました。墓参りに、きて、こうして・・・・おもいだした、父との思い出。もしかしたら、父が呼んだのかも知れない・食べさせてあげれなかった『最後の蕎麦』・・おそいけど、ごめんなさい。そして、今思うこと・・『、好きな物を・食べれる機会・これも幸せ』の一つだと思うのです。

帰り道・・・今日であったお蕎麦屋さんに、食べたお蕎麦に、出会えた事に心から感謝しました。

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2006年3月21日 (火)

美味しさ・・の初感動

『美味しさ』は、気持ちよさ・味覚の快楽といえる。幼児期の美味しさは、『甘み』に感じるだろう・・『チャーリーのチョコレート・工場』という、映画のなかで主人公が・・歯医者の父に、チョコレートを食べるのを 許してもらえず・・しかし、たったひと粒のチョコレートを 食べて感動し・・人生が変わっていく物語なのだけど゛・・・幼児期の美味しさの、記憶がありますか

幼児期は、一生の味覚を 決定する・・味覚を学習するだいじな時期だと思う。心理学では3歳までの、人間関係が・・その後の性格を左右するとも言われている。

離乳食から・・始まって・・毎日が、初体験の味覚・・そして食べることの学習・・初めての先生は、母親、兄弟、家族 という事になると思う。もちろん・・愛情たっぷりうけながらの学習・・・しかし、このごろ、母親の都合で、母親が働きたい為に、一歳児保育なども多くなってるようだ。だが忘れないで欲しいのは、子供の人生の中の美味しさの初感動をあたえてあげるのは・・『母親・家族』だけなのだということ・子供にとっての一生のわずか数年であることを。・・・思い出、記憶は買えない財産である事も。

例えは良くないが・・とある事情で、施設で生まれ、育った子供がいる。母親の愛情なしで離乳食から、施設の管理だった、『美味しさ』を 自己判断できない。自己主張できないのだ・・・見ていると、ちょっとかわいそうな気がする。

私の初感動は、母の実家で搗いた餅、板チョコ、父の東京土産のキャンディなどだった。

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2006年3月20日 (月)

食育・・№1

【食事を、一緒にとる。】【同じ釜の飯を食う】。【食事でも、ご一緒に】などなど、もっと深く知り合いたい時・・より深くお互いの時間を 共有した時などのたとえ、一緒に食を共有した時間のことだ。話と、胃袋と、心と、共有・・より気持ちも開放されて、お互いもより良く理解できる機会だろう。だが、近頃家族一緒にすら、食事する機会がない、人も多いだろう。お母さんが働きに出ている場合が・・とても多いからだ。そして 家庭の仕事は、時給が派生しないので・・かるんじられて・・金銭評価主義になっているからも、あるかもしれない。数年前、ある地方都市から東京の私立女子大学で勉強していたO美さん・・アルバイトの仕事のながれで、お茶のカップを 洗う事になった・・余りに手順が悪い、小学生並みなので・・家のお手伝いしなかったの?と聞くと・・小さいときから隣り町の塾に行って・・家の仕事を 手伝おうとすると・・・【勉強するのが仕事です。】というように育てられたようだそして、お母さんも、銀行で働いているので・・家事は、全部おばぁちゃん・・だったようで、誕生日、入学祝いなどなどの時だけは、家族で外食したそうだ。そして、箸をうまく使えない。普段は 家族がばらばらに食事をとっていたそうだ・・なので【雑巾】をしぼれないし整理整頓が、できないのだ・ある日、お茶をアイスティーにしてくれといわれると・・ポットごと冷蔵庫にいれたのである。冗談では、無く 彼女の知識なのだろう。・・だが、一人暮らしである。【有名大学にいく、条件のいいところで仕事に就く】・・のも両親の夢なのかもしれないが・・生きていく時間、家庭をもち、子供をもち、・・そのなかで食事は、毎日、家事も毎日のものである。そして生活技術は、人生の大部分で必要な知恵でははなかろうか・・?と思う。そして、食育・・それは生活技術の第一歩ではあるまいか。

自分の子供時代を考える・・専業主婦の母、家族全員で、搗いた餅、家族全員で、作ったおはぎ、漬物の漬け込みを 手伝ったこと・祖母が畑で作った豆を 煮豆にしたこと。考えてみると・・【贅沢な時間】だったのかもしれない。

まず、同じ時間に、一緒に・・・食事すること、・・できなければ、食事を見守ってあげる事から・・・話と胃袋と心の共有、・・時間は、【食育】の第一歩だと思います。

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2006年3月19日 (日)

食の安全とは・・。

テレビの報道によると、アメリカのライス米国務長官が、【日本のBSE対策の為の牛肉全面禁輸を『過剰反応』だといって、批判した】ということだった。だが、これは一方的な意見だと日本国民は、だれもが感じるのではないだろうか?日本は、かって自然農産物に恵まれていた・・流通が食生活を変えたとはいえ、農地はどこでも見ることが可能であり、また・・・公害による魚汚染なども記憶に新しい。だれもが、『食の安全性は・・肌で感じられるのでは、なかろうか』  現在は流通、検査、保管、販売と 食の安全も、お金がかかるようになった。 もし再度輸入しても牛肉離れは更に、進み・・少なくとも、家庭での消費では、伸びないのかもしれない。

健康を維持する、食事の食材も、健康で安全な物を 望むのは、本能かも知れない。

近くの大きな・・スーパーに行くと、食肉売り場・・今はインターナショナルですね。ブラジルの鳥肉、中国の鳥肉、豚肉も・・こんなに諸外国から『空を飛んで』きています。消費者である、私たちが、食の安全を考えるのは、健康こそ幸せの基だからではないでしょうか?

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2006年3月18日 (土)

食育・・?

昨日3月17日、8チャンネル・フジテレビ・・細木 和子さんのてでいる番組で、模擬小学校をしつらえて、・・・【サンドイッチ】を作って食べるというシーンがあった。その中で、ある子供がトマトが嫌いで、食べられないというのだ。細木さんは、嫌いな物も食べなければいけないとえる。参観に来ていた母親が抗議しそうな勢いだった。だが、細木さんの意見で、子供は、涙を流しながらたべはじめた。母親も、なみだぐんでいるのだ。半分食べ終えた時、【良く食べたね】といって細木さんは半分は家に持って帰りなさいと、子供をねぎらって、 ほめた。  子供は、細木さんを憎んだりしないだろう。 母親は30代くらいか・・・?あのシーンを見て、【問題は、どこにあるのか?】考えた人は 多いだろう。

レストランで、【嫌いだったら、食べなければいいんです・残しなさい】という母親を良く見たけれど ・・・家でも、【嫌いな物は、食卓にのらないし、むりにたべさせないのだろう】食事の 目的、食べる事の意味を・・母親の年代が解かっていないのかもしれない食育教育が、叫ばれているけれど・・・学校よりも、家庭が先に必要なのかもしれない。人の心よりも、眼に見える欲望がだけが先になっているのかもしれない。それにしても思う・・【衣食足りて、人、礼節を知る】・・? 【現代は、衣食足りて、人の心、更に飢えるの】かもしれない。

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2006年3月17日 (金)

香りのドラマ

先日、香港の友人から・中国茶を送ってもらった。茶の目利きの人が選んだというだけあってなかなか、香りがにすばらしい『鉄観音茶』だった。中国の緑茶もあったので、お茶好きな、友人に贈った。・・・中国は、ウーロン茶と、思っている人が多いのかもしれない。しかし日本に初めて入ってきたのは・『緑茶』だった、また中国大陸で、飲まれているお茶は、もっとも緑茶が多く 公的な席のお茶は、『緑茶』です。かの西太后が好きだったのは龍井茶【ろんじん・ちゃ】とても高級な、緑茶です。日本のものにくらべて、香りが特徴だと思う・『北京出身の留学生』の友人は、よく日本茶を飲んだが・・『香り』がないと・・言うのでした。

その友人からの、メール【昔・・中国大使館を訪問した時、とても美味しい緑茶をいただきました。 さすが本場ものと、感激しました。が、美味しい中国の緑茶と遭遇する事がありませんでした。  中国大使館での緑茶との出会いもながいあいだわすれていたのですが

【お茶の香り、で瞬時におもいだしたのです。】                            すばらしい・・ 香りにひめられた・・ドラマです。

私も香りのドラマがありました。昔・・・ペルー出身の友人一家がいました。里帰りした時、お土産に工芸品、ぺルー・珈琲をもってきてくれました。大きな袋だったのでしょうか・しばらく飲んだのでしょう。ペルー出身の友人一家とも疎遠になり・・長い事わすれていました。

昨年、珈琲の頒布会の【ペルー・珈琲】の香り、で瞬時におもいだしたのです。  懐かしさで 胸が一杯になりました。そして香りのドラマに、すっかり酔ってしまいました。

【香りのドラマ】に出会えた縁に、感謝。

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2006年3月16日 (木)

茶に酔う

香港の、『飲茶』で朝食を とって・・何より感動した飲み物は、【普洱茶】広東語読み【ボーレイ】だった。だが日本人の知っている中国茶で・・一番人気の無いお茶?かもしれない。一部【痩せるお茶】として・・紹介されてドラッグ・ストァなどでも、売っていたりする・・・いつも、【コマーシャル】で思うこと・・・現象・結果ばかりを 紹介して・・その理論など余り紹介しないのだ。確かに・・茶のなかで【痩せる効果】は、高いのかもしれないが・・おもな理由は、【高い・・消化促進・効果・・という事になる。だから中国の人も、空腹の時は、飲まない・・時として食欲を 失う事があるからだ。そして、かならず【つまみ・・というか、軽食、食事をとる、出来れば油脂の多いものには、良く合う気がする。だから、【飲茶】の時良くのまれているのだと思う・・以外、私は、酒の後にも、すっきりする気がした。

その頃は、とてもよくお酒を 愛飲していました。アル中予備軍などと冗談でいわれていました。家でのんで・・500ミリの缶ビール3本が、前菜?から ウイスキー、日本酒、何でも・・仕上げにデザート酒・・・『ああなんて、馬鹿な時代・・・思い出すのも嫌です。』

ところが・・途中で、【ボーレイ茶】に、きりかえると・・早く酔いが醒める、気がしました。これは・・酒のお供にもいい。だが、何回か酒と飲んでいるうち・・・酒のアルコールではなくボーレイ茶に酔うようになりました。醗酵した茶なので・・ワインというわけではないですが風邪薬を 飲んだように・気持ちがハイに、なります。ただし、本物の年代者、でないとだめです・・多分この、酔えるところも、価値なのだとおもいました。初めて茶に酔った思い出です。 後年・・何件かの料理屋で、アイス『プーアール茶』を だしていました。酔い覚ましにも・好いお茶なのかもしれません。

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2006年3月15日 (水)

食後のお茶・・現在

一人で・・・○○年、食後のお茶を 飲んでいる。実に多種のお茶、珈琲、【あっ・・このごろ【酢】まで飲んでいる。?】お茶で一番多いのは、『中国茶』です。何故なら、私の人生での感激の出会いと、歴史?があったり・・ブームになる前からの付き合いだからです。人生の中での食べ物の、出会い・特に嗜好品などは、【縁】もあるのでは、なかろうか? と思うことがあります。価格が高いから、名品だから、美味しく感じられるとは限らないし、若いとき、感じられなくて、ある年齢になって・・嗜好が変わって好きになることもあると思います。初めて香港に、出張に行った1982年頃・・『普洱プーアール』茶を 飲み・・熟成した香りに感激してしまいました。そのとき香港駐在員のかたが、香港のお茶について教えてくれ、お土産としてプレゼントしてくれました。もし・駐在員の方と、であっていなかったら、そのときの感激でおわっていたかもしれません。その後、いろんなお茶と、出会うと、また出会えるように、友人また、【茶人】まで、かならず現れて・・・日本では手に入りにくいものが、届く果報の機会をもらいました。私の人生のなかでのこういう、お茶との出会いその仲立ちを してくれる友人の出会い・・縁を 思い・・至福の時間のなかで、一期一会のお茶の時間を 過ごしている。。これも人生からの、ご褒美かもしれない。  感謝。

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2006年3月14日 (火)

食後のお茶

私が、食後のお茶で、おもいだすのは、 【茶の間】の風景・・・今の建築様式には、無い和式の部屋・・でたいてい茶箪笥などがあり、そこですごした。あしの折れるちゃぶ台もあった。食後のお茶は、【飯碗】で・・・御飯を食べきれないと・・食後のおちゃで、茶漬けにして、ながしこんだりもした。だが、6歳、-12歳頃、だったので、【田舎っぽく】かんじて、嫌だった。農家だった母の実家も【飯碗】で、食後のおちゃを 飲んでいたからだ。

小学生時代だったからか、お茶の味香りの・・記憶はない。

私が食後のお茶でおもいだすのは・・中学にあがってからだ。 その頃は、インスタント・珈琲を、我が家でも買うようになった。目新しく感じられた食器【マグカップ】を 買って一人だけ食後の珈琲を飲んだ。よく珈琲を入れすぎて・・苦かったが、・・・【味わっていたのではなく・家族への、格好誇示だった。一人だけ大人ぶって背伸びし始め・・田舎っぽさを 暗に非難していた】 そして、それは・・家族との会話も、拒否しはじめた。食後のお茶のとき、学校の事など、話す時間だったからだ。・・思春期だったからも、あるが・・・【お茶拒否】は、・・人間関係の拒否にもつながるのかもしれない。

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2006年3月13日 (月)

身体・保重。

身体・保重】中国語だと体を 大事にと、健康保持の意味になる。   健康診断の結果を 散々友人、姉妹に、騒いで報告した。・・・不安半分の、気持ちと、・・健康診断、再検査のことなど、話題にした。私の体重は、ここ6年くらい変わっていない。 薬剤師の弟は、言う。『それは問題なんだよ。体重が変わっていないから・・『自己判断』して・・健康維持していると言うのは自分がかってにきめつけていることでしょう。 体重のもんだいじゃなく・・・中味の問題なんだよ・・・体力と、筋力は、確実におちて・・内臓脂肪、がふえている、するとコレステロール、が増えたり、軟骨が減って・・さらに、筋力が落ち、『運動』が面倒になる。そしてさらに、『運動』を避けるようになる、肥っていないのに・・・『肥った?』っていわれない?』

そう、ここ何年か、あっていない友人、知人にいわれることばだ

『耳と、頭』がいたい食べる事ばかり・・食に関してばかりに眼がいって・・本来の自分の身体までは・考えなかった。健康診断の結果に振り回され 話題にしていただけで、【身体】を 本当に考えていなかったのかも知れない。腰の痛さを理由に、歩く機会をさけていたし、自転車に、たよりきっていた・・・とても反省した。まず健康な身体あってこそ・・ウオーキングから始めよう。   【身体・保重】

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2006年3月12日 (日)

体からのメッセージ・・№2

昨日、体からのメッセージ・・【酢】の、ことを書いているうち、昔・似た様な経験をした事があったことを、思い出しました。もう、30年以上前、一般登山団体にも、はいっていて、ほんとうに、良く山にのぼっていました。一年の内50日以上山にいっていました【はまって】いたのでしょう。 その頃のあだ名は 【山姥・やまんば】・・今の渋谷の山姥とは・・・ちがうとおもいます。前も後ろもわからないほどの、日焼け・・週末山に登る為に,早寝、早起きして朝は、トレーニングして、出勤していて・・・まるで『運動部・合宿』みたいな生活していました。食事は一日4度も本当に大量に、たべていました。今もそうですが 、私は、お八つに当たるものが好きでは、ありませんでした。フルーツ、ケーキ、袋菓子、チョコレート、など自分で買うことは、ありません。その代わり・・・?大量のビールを 愛飲していました。

31歳ころだったでしょうか、北アルプスを 4泊5日かけて縦走しました。夏でしたので山小屋泊まり、ひとりでもだいじょうぶです。時々何回か、自分の力なさで泣きました。下山口に降りから・・・体力が無くなっているのを 痛感しました体がすかすかしている、風邪をひいた後、のような気がしました。でも、食欲がわいてきませんが、危ない・・何かたべないと』と体からのメッセージです。 考えるのもおっくう、判断力も落ちていました。小さい食堂で、ビールと、うどんを頼みました。ビールは、水のようで、味、アルコールの酔いもありません・・・もう一本、もう一本、・・大瓶3本明けても、酔いませんうどんは、とても不味く自分の味覚、体の異常を 感じました。・・熱も無く、ただ初めての経験、『急激な過労』だったと思います。ただ・・食欲は、ありませんが、何か食べないと・・という気持ちがありました

タクシー・バスを のりついで、駅まで来ました。いつもは、買うことの無い、お土産売り場で『羊羹』を 見ました。『これ』をたべなくては・・・体からのメッセージです。羊羹を あけると 切ることなく、たべました・・・『名古屋のういろう』のように 甘くないのです。1本・列車に乗って1本・・・本当に羊羹なのだろうか?と、箱をみました。甘みを感じません。3本いりの羊羹全部食べ終わると・・・少し寝ました。そして、3時間たった頃、急に食欲がわいてきました。駅弁をたべて、焼肉の『味覚』があることにきずくと・・・うれしくて・うれしくて笑ってしまいました。その後、1ヶ月くらい、フルーツ、饅頭類を 良く食べました。

忘れられない味、下山後のビール、うどん、3本の羊羹、・・だがこれも『体からのメッセージ』だったのです 新たに感謝しょうと思いました。

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2006年3月11日 (土)

体からのメッセージ・・№1

健康診断の結果数字に・・どき・まぎ・・・再診したりしていた頃、日常食べない物、飲まない物・・つまり余り好きではない『酸っぱい』ものが、欲しくなっているのにきずいた。なぜなんだろう・・・? それも、ジュースのような甘さの酸っぱさではなく、『酢』分が、のみたいのだ夕食の時、ラッキョウの、甘酢を全部飲んでしまった。意識したわけではない。自分で自分の嗜好そして『酢分』を飲んだことに、驚いてしまった。そして、酸っぱさを 感じないことにもおどろいた。 

『体が要求しているのだ』  私は、考えてしまった。これほど急なメッセージなのだ・・・・『飲む酢』を かってきた。売り場にはびっくりするほど、多くのブランドがあった。  ここ2-3日、野菜ジュースで割って飲むようになった。 

人間が自然の一員ならば、動物の本能・・のように、『自分の体のこと、体からのメッセージ』も うけとれるものなのだと、思う。 このごろ急に高くなった『血圧』・・・?と、関係するのかもしれない。     いずれにせよ、健康に関しての予防のメッセージだと、おもう。自分心と自分の体に、感謝してしまう。そして、気ずかせてくれた、【神・守護霊】にも感謝する。

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2006年3月10日 (金)

健康神話の呪縛・・・

健康診断の結果が、渡された。医師のコメントなどを 見るととても勤務できる・・状態ではないようだ。高血圧から来る・・もろもろの病気の高い可能性・・などが書いてある。そのなかでも『腎臓』の二文字に・・あわてた、身に覚えがあったからだ。もう・25年以上前一時、腎盂炎・・だったからだ。再びあらわれたのか・・と、『気持ち』が、自己呪縛してしまったようだ。・・そうして・・だんだん、このごろの体調の悪さすら、腎機能からの物のように感じてきた腰の痛さすら・・なにか、関係があったように、感じた。

高血圧から・・ついに『腎臓』まで・・一晩『おちこんだ』だが、再検査を受けようと自分に言い聞かせるが、その夜は、なかなか眠れないそして・明け方早く、めざめる。とりとめの無い事、悪いことばかりを かんがえる。

20年来の かかりつけの医者に、健康診断結果のコピーを見せて、相談。翌日検査そして・・・『健康診断の前の日・飲んだんじやないの?・』なーんにも出てこないよ、ほぼ健康

【ウッソー】・・うれしくもあり、たった・・一日の【健康不安】からの自己呪縛が、嘘のようにきえていった。まるで占い師のことばのように。・・・・もしかして・・不健康をのぞんでいたのではないか?・・とも・・考えてしまった。そう、現実をしっかりと、みなければ、じぶんの  健康を冷静に看ることはできない。【健康神話の自己呪縛】勝手に、悲劇を作りよびこんでいるのかも・・・しれません。鏡に自分の姿を映し、自分につごうのいい答えを 求めるように。   『人は、毎日確実に老いていく物・・健康神話、健康不安どちらからの呪縛でも自分を縛ってはいけない』

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2006年3月 9日 (木)

苺の おもいで

近所の『スーパー・銭湯』のすぐ後ろ・・は農地です。そこで銭湯に付随するように・農作物の売店もあります。野菜はきれいに包装されているわけでは無く・・時々土つきのまま売っている物もあります。今の時期、目玉は、『苺』です。形が不ぞろいだったりしますが・・・スーパー・マーケットに、比べて2-3割は、安く、新鮮です。家庭でのデザートでしょう。

『苺』は、経済発展の象徴のようなフルーツ・・・な気がします。10代高校生の頃・・・あっ・40年も前・・・?苺は、『果物屋』で売っていたと思います。しかもガラスケースに入っていたので、とても【高級】でした。そして、苺を 使ったケーキは、極上のスイーッで、ケーキの苺一粒を 大事に、大事に、食べた気がします。そして、叔父の家への『お見舞い』・・叔母の家への『お使い物』にもなりました とても,高価でした。多分現在に比べ価格は、4‐5倍したように思います。苺は『特別』な、デザートだから、強く思い出に残っているのです。

1984年12月、マレーシァのボルネオ島【コタ・キナバル山】に登ったとき、ふもとのベースキャンプのロッジで、マレーシアの学生ととなり合わせでした。苺のチョコレートを あげるととてもおいしい・・でも【苺】を食べたことがない。という・・勝手に、マレーシァには、無いフルーツだと思っていた。

2004年2月、マレーシァの、友人夫婦が日本に遊びに来た。一番感動したフルーツは、『苺』だった。マレーシァでも栽培されていると言うが、小さく甘みが少ない品種だと言う。日本の苺は、 見た目が美しく、甘く、たいへん美味だと言う、・・だから、練乳をかける必要はないというのです。毎食・一人,一パックずつ・・食べていった。 苺が、現代の価格で・・よかった?。

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2006年3月 8日 (水)

マイ・ラスト・ディナー

昨日・・人生の最後・・のラスト・ディナーのことを 考えた。そして・・・私は何を 食べたいだろうか?自問してみる。 【白い御飯】、【煮しめ、】  そして、【家で搗いた餅】・・蓬餅。胡麻餅、胡桃餅。 そして・新鮮な、【生きているような刺身。】・・【紅鮭、筋子】も・・・などととりとめなく考えているうち・・・父方と、母方の家の料理だと気がついた。祖母の味が多い・・・母の味?・・余り記憶に無いのだ。・・・せいぜい『煮しめ』くらいで。 うーん・・何故だろう? 祖父祖母に家での食事が私にとって【ハレの日のご馳走】だったのか・子供のころの記憶に残り・・こうして、60近くの時点での・・ラスト・ディナー候補なのだ。

現代の子供たちは・・・現在の10代の子供は・・未来にはどうなのだろう。?               かく家族で、お母さんが、70パーセントは、働いている。お弁当は、コンビ二、で買ってくる子供がかなりいるという。『家庭の味が・・』家族としての文化がなくなっているのかもしれない。

ある難民・・の女性の話・・・『難民キャンプでこの子は大きくなりました。だが、この子にはおじいさんのこと、家庭の記憶、何より私が作った料理の思い出などないのです人間として・それは、あまりに悲しい・・とても、かわいそうだ。』 この母親の言葉が・・胸をうつ。

貴方の・ラスト・ディナーは、なんでしょうか?。家族、家庭を 感じられますか・・?

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2006年3月 7日 (火)

ラスト・ディナー

2月は、母の80歳の誕生日でした。母は認知症で、もう病院暮らし7年です。       近頃、長女の私がわかりません。そして、このごろ、【ミキサー食】と呼ばれる・・        離乳食みたいな食事を 食べさせてもらっています。                     自分の手で、食べることがおぼつかないからです。 でも何か食べさせる事が出来ないだろうか・・ハレ【祝いの行事食】の日と、わかるもの・・何か記憶にあるものと、       考えて先ず、ゼリーにしていく事を かんがえました。1年前から・・ゼリー寄せにしてもっていってるのですが・・・ケーキのような物、そして、煮物を かんがえました。       一番の好物素材は、イモ類、大根、林檎です。

サツマイモと、パインを煮て・・裏ごしして、ゼラチンで固めました。その上に、缶詰のフルーツを・小さく小さく切って・・花麩も、かざって・・ケーキそっくりにしました

大根など、味噌味の煮物があったので・・ミキサーにかけてみました。以前セロリのコンソメスープで作ったゼリーは、自我自賛するほどおいしかったからです。           が、これは、【?・?】というかんじですが・・・もっていきました。                だが、2口で拒否。味盲になっても・・解かるのだろうか?と驚いてしまいました。

もう、【誕生日ですよ】と言っても、きょとん・・・としています。                 顔に感情がないので、余計哀れ・・・・だがケーキ風ゼリーは、良く食べ・・・         なくなっても手を のばしてきます。                                味盲になっても・・どこかで、本能で・かすかな記憶で、『舌に、記憶』があるのかもしれません

帰ってくる時・・考えました。『マイ・ラスト・ソング』のように、                  人生の最後の『ラスト・ディナー』が、あるとしたら・・・なんだろう。               個人個人違うだろうが・・・母のかすかな、思い出の食べ物だったら・・・・         『これが、誕生日プレゼント』なのかもしれない・・と。

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2006年3月 6日 (月)

長生きの秘訣・・?

3月5日の、『御茶会』の、最高年齢は96歳の方でした。お話していると・・・時々年齢を 考えてしまう・・・眼も耳も達者・・一人で歩けるしコーラスで歌も歌っているとか。 だが一番・・・『すごい』と思うのは好奇心・・興味を持って、一つ一つのことに集中する事、出来る事・・・だと思う。自分に起きた出来事も。しっかり話し、相手の話も聴く。その時点での出会ったことに、しっかり、一生懸命対応、笑い、楽しむ姿こそ・・ 『今を生き切っている姿』なのかもしれない。  試食の感想を 述べてくださいと、頼むと、一生懸命たべ、味わい意見を 述べてくれる、そうして・・『お茶会』の終わりには、すっかり忘れて・さわやかに帰っていく。  

『今のこの一瞬を 精一杯生きていくこと』これが、究極の生き方なのかもしれないが、                          特に、彼女は・・・『健康』あっての心身、神仏からの御加護、恩寵なのかもしれない。

長生きの家系・・である、父方の叔母は、実の母97歳の時から自宅介護し、寝たきりになってなを 『102歳死去』自宅で見取った・・・気丈な人である。 今年86歳 健康矍鑠としている。        叔母曰く・・長生きの秘訣

粗食である事・・・『余計な物は、食べない ②必要の無い事は、よく忘れる ・・・『余計な事、はかんがえない ③庭の草木の手入れを 日課とする。『好きな事は、つづける。』

つくづく・・共通していると、思える『長生きの秘訣』 だが、どれも最も難しいような気が、する。                                        

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2006年3月 5日 (日)

喫茶去・・御茶いかが?

地域の、社会福祉協会が主催している・・『老人倶楽部』の御茶会に、出席させてもらい、中国の友人から、貰った『鉄観音・茶』を 全員に飲んでもらった。私のかなり・・・強引な・・【喫茶去】趣味・・・[御茶を 通じて縁を 生じると言う禅宗のお坊さんの故事] 

おもしろい・・中国茶のお作法?、市販されてない。御茶の香りに・・・みな【満足】してくださいました。 でも、一番満足して、幸せだったのは私です。

御茶を 通じて一緒の時間を すごせて・・今日は、全員に喜んでもらえて・・・心がほんとうに 開放されて 私の【心のお八つ タイム】でした。

そして、一人でも多くの・・・独居老人の方に【喫茶去】趣味したいとは、おもうものの・・・【宗教勧誘】【物品販売】更に危険な犯罪との・・・悪縁と考えられるであろう今の世の・・・怖さを 考える。 

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2006年3月 4日 (土)

ひな祭り。

3月3日、ひな祭り。スーパーに行くと、ここぞとばかり『鯛』『蛤』『ちらし寿司』・・そして苺のショートケーキが・・並んでいる。   『ハレ・・の日、行事食』 がのこっているようだ。   食事・・胃袋だけの思い出になっている家もあるかも知れない。      だが、由来、意味まで教えている『おかあさん』『おばあちゃん』は、少なくなっているのかもしれない。・・はたらいていて『時間が、無い』・・お母さんも、おばあちゃんも 多いからだ。  だが、かって日本の 男尊女卑の時代にあって・・・『女性 』を 認め、慈しんだ、数少ない、貴重な日だったと、思う。そして、結婚・・『家』を 守ると言う倫理観の認識も、あったようにも思う。

ひな祭り・・・由来の意味も、そのなかにある、『教え』も、【心】の、行事として残して欲しいとおもう。

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2006年3月 3日 (金)

純正・帆立だしの基・・?

ある日・・余り開けない、引き出し・・から、『乾物』がでてきた。一つは、椎茸、【これは、友人のおみやげの、ようだ。】もう一つは、干し貝柱だった。600グラム・大きな袋一つあった。茸は、物性上・・スカスカ・・しはじめていたように見えたので・・捨ててしまった。 干し貝柱は、1年以上たっているものの、物性の変化を・・見る事が出来なかったので・・まだ食べられると判断・・・したものの、どうして・・使わなかったのか?その機会がなかったのか?と考えた。・・袋が大きすぎて・・開ける機会が無い、などいろいろ自分に、言い訳をしたり・・・やはり・もったいない・『罪悪感』に 落ち込んでしまった。

解決方を考えた・・先ず、すぐ使える環境を作る・・一回単位で、袋に入れる。       だがそれでも・一人暮らしには、すごい量だった。  我が家には・・・ミキサーがあり、ミルも着いている事を ・・発見。 早速ミルで、パウダーを作った、お湯に溶かしてみる。だがこれだけでは、もう一つ味と、香りが・・・・・無いのだった。

純正・・帆立だしの基・・・も・・帆立だけでは難しい物だと・・つくづくおもった。椎茸も粉にした。だが、椎茸と帆立の割合が、よくわからない・・なにせ、暇に任せて・・いるだけなのだから・・。結局・・消費者は、自分ひとり。そのつど、イロイロな味にしていけばいいんじゃないかと考えた・・・粒のまま袋に入れる物。粉にしたものも、きっちり袋に入れて・・・冷凍庫に入れる。  もちろん消費期限を 大きく書いた。

自分に言い聞かせる為だ。あとで、そのうち、と言うことで、今度こそ『もったいない』をなくすためだ

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2006年3月 2日 (木)

・・・もったいない・・・?

昨日の文章で・・・私の祖母の話を したのですが、今日、本棚の中から【つきぢ田村】の当主、田村 暉昭氏の、【材料を 無駄にしない和風おかず】・著書がでてきました。     そのなかで、先代の平治氏の言葉をエピソードとして、紹介しているのですが ・・・『料理の素材となるすべてのものが天から授かる物・・・残りもんなんてあらへん・・捨てる前にわしのところに もってこい【と言って料理として仕上げた】こと。など』どこか・・おなじ倫理・を感じてしまう・・・のは、50年くらい前は、食物素材、料理にかんして【慈しみの心】があったのかもしれません。そして、そこには、感謝の心が日常に有ったのかもしれません

ある香港の【招聘コックさん】から、きいた話。 彼らの日本の、調理場でびっくりした事は、材料の『無駄使い』だったそうです賄い用の材料を 仕入れる・・・大体、賄いの材料は、店舗全体の仕入れの中から、やりくりして・・・賄い料理として作るのが、コックさんの腕なのだそうです。スープ・ストックとしてつかった材料、立ち落としの野菜を 中味にした餃子、炒飯など。食材をいかにうまく使い切るか・材料費を 抑えても 味を落とさないなども・・・好いコックさんの腕なのだとか。だが・・高級素材の美味しいところばかりを ふんだんにつかい・・食べられる所も・『利用』出来る所も、惜しげなく捨ててしまう捨ててしまえば・・なににもならない、材料代『銭』がもったいない・・・日本人は、金持ちだねぇ・・の言葉には、『無駄使い』が・・積もると・・ある日・家が傾くと言うような・格言 警告があったのかも知れません。だが、おなじ『厨房の師』の話として・・共通すると思いだします。

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2006年2月28日 (火)

もったいない・・・№3

私は、昭和24年生まれ・・幼児、小学生時代は、まだまだ、流通が不便だった・・食べ物の不自由も、味わい、菓子類の貴重感も、味わい。また、母、祖母からの【たべもの】に関しての・食を粗末にしてはいけないと言う【倫理】をたたきこまれ、 身にしみて・・経験した世代です。    日本の慶弔・習慣の【食物】の贈り物、また、友人からの旅行のおみやげ・・・捨てられない。それなのに・・賞味期限、消費期限・・・切れているのを 発見すると【胸】が痛くなります。そして、自分の うかつさ、を悔やむとともに、送ってくれた方への罪悪感すらおぼえてしまう。  【食】を 無駄にしたという、・・もったいなさ・・の罪悪感。    そして、その処理に悩んだりする。  このごろ考えるのは、【必要な物】だけを 食べる。 今食べる物だけを 置いておくという考えかた。              送り主にとっては【食べて貰うこと】が一番の気持ち。 大地震、戦争がおきたら別だが・・スーパーすら24時間営業に なっているのなら・・・今食べる物意外・・食物は、備蓄しない。食物の贈り物は、今食べる人に貰ってもらうことも・・

【食】にかんしての、【もったいない】を なくすることかもしれない。                 

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2006年2月27日 (月)

もったいない・・・№2

もったいない・・の感情は、人間、そして天地、自然をも 尊敬することでは、ないだろうか。私の、父方の祖母は、『料理』がうまかったという。戦前、80年も前・・4人の子持ち寡婦、小作人で、生活するのは、至難なことだったとも思う・・、が、孫、子供からは、敬愛されていた。祖母の口癖は、『すべての物は、お天道様のおかげで いただけるものだから感謝しなければならない・・・種を植えても、育たない物もあるではないか・・収穫して、美味しいところだけ食べては、もったいない・育った所をみなすべて感謝していただかなければ』というようなことを 良く言っていた。  我が家を 新築した頃初めて、泊まりにやってきた・・・母の出した台所の塵を 見て驚き 『物を粗末にしてはいけない・・魚の頭は、汁の出しに、野菜の硬い所は、良く洗って・・干しておけば・・いつか汁の実になるものだ、どんな物でも(食物)は、捨てないで使うもの・・・お天道様から、いただいたものだから。』    と、いうので・・・当時・・7歳だった私は、『なんて・・・しわい、ケチな祖母だろうと』・・腹を立てた事を 覚えている。

だが、50年前のそういう・・『もったいない』精神、は・・・『地球の 温暖化』が叫ばれている・現在への教訓かも知れないと、思う。  観測史上・・いまだかってなかった・異常気象 の発生は・・人類の自然に対しての、驕慢の つけかもしれない。

飛行機で旅してきた・・・食材がならび、美しい所だけを 美術品のようにならべて、ラップをかけられた食材が、スーパーにならぶ。ブランド品じゃない野菜は、価格価値のないスクラップのように 扱われる。                  

本当に必要な物、必要な食にかこまれた・・日常でしょうか?                   【もったいない 物・】・・どこかにありませんか?未来の自分の心の・・ために・・・           未来の地球のために・・・立ち止まって考えて見ては、いかがですか?

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2006年2月26日 (日)

もったいない・・・№1

【もったいない】運動など・・が、海外ヨーロッパなどで注目されているらしい。日本人古来からの・・精神論の一つかもしれない。    だが、日本では、バブル時期あたりから、【ケチ】【だサー】【田舎の、意見】・・・などの、意識となってしまった。   消費が、美徳、価格の価値至上意識、・・・ブランド化・・差別化。【もったいない】のなかには、人間の気持ちに対しての、感謝、敬い、があると思う。だが、価格の価値至上主義は、人間の気持ちへの、傲慢が、あるのかもしれない。バブルの頃レストランに勤めていた。小学生くらいの子供に対して『いやなら,たべなければいいんです。残しなさい』と言う母親。『子供自身にオーダーさせておいて、(今日は)不味いらしく、ボウズ(子供)が食べないから・・』などという理由を つけて大量に料理を 残す家族。

それぞれの事情があるのだろうが、『家庭』の料理なども 同様に考えてるのだろうか?・あの子供にとって未来に・・料理の価値とは、?などと考えると寂しい気がした。

生き方、価値観・・『食、に対しての驕慢さ』を 感じた。

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2006年2月25日 (土)

母の味・おふくろの味

お惣菜売り場などで『おふくろの味』などとコメントして、売っているもの・・・煮物、漬物、おこわ、・・期間限定で、祭事など、地方物産展などでも時々売っている。さて、近頃と言っても この10年くらい・・・余り見なくなった。多分・・おふくろとよぶ年代が・・・難しいのではあるまいか?おふくろと言えば何歳くらいを 想定するのだろう。多分、専業主婦で、代々伝わる・・手作りの家庭料理を 作れて・・子供たちに季節の漬物などを 送る・・と考えると、現在の60代でも、なかなか難しいかもしれない。

おふくろの味とは・・代表的なものは、漬物の『ぬかずけ』かもしれない。・・だがその手入れとか、臭い、保存で、『時間』をかけられなくなり・・・また食事の献立が変わったためもあり・・ほんとに・・すくなくなっている物かもしれない。だが、ぬかずけを、とうして『家庭の味』そして家族の健康を考えてくれた『愛情』・・【おふくろの味とは・・・無償の愛を感じる気がする。】だが・・・後10年後くらいには・・【日本料理家】でしか、見ることが出来なくなるかもしれない

さて、現代の母 ・・・の味とは?どういうものなのだろう?20代から、30代の子供?の母女優で言うと、大竹しのぶ・さん・・だろうか。日本料理だけでなくなっているのかもしれない。

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2006年2月24日 (金)

危険な・・食品・2

怖い食品の話、思い出した。アメリカのレモンのこと。もう6年くらい前・・・食の安全が 新聞で話題になっていたので、勤めていたレストランでは、 日本のレモンを使う方針だった。だが、アメリカの輸入品にくらべて、価格は1.5倍していた。その上色が悪く、大きさはまちまち、あるときは、種だらけ・・到底スライスしては使えない。だが、仕入れの八百屋なかせで、日本の物をつかっていた。あるとき、在庫がなくなり、外のスーパーで買い物をした。カットすると、腐っている・・・また他のものを 買ってきてカットすると やはり腐っている。  さすがに大手のスーパーなので 売り場担当者に、話をした。おどろいたのは、逆にその担当者が、【逆切れ・にちかく・・国産の有機レモンを 非難したことだった。】多分レモンのみならず・・国産の有機・生産に、頭をなやましていたのでは・・?と、今は同情できるのだが・・・   そして、【なぜ、アメリカのしいレモンをつかわないのです?これなら、品質は、均一・・しかもこれ『国産の有機レモン』にくらべ、安いし・・安全でしょう。】

私は、新聞で話題になっている・・レモンの防腐剤、コーティングのことを 話した。    すると、【お客さんは、見た目の安全、美味しさを希望しているのです。『国産を』使うのが・・サービスなのでしょうか?】売る立場の担当者。売り上げ至上主義・・なのは、わかるが、かなり・・釈然としない気持ちでした。そして、会社でも・・・アメリカの輸入品を つかうようになった。ある日長くアメリカに住んでいる日本人夫婦がお客様としてみえた。レモンの皮を 出来るだけ厚く切って・・レモンスライスにしてくれという。もって行くと、『日本に来ているレモンは、安全じゃないから・・とニヤリとして言う。』・・・アメリカで販売している物は、安全ですか? もちろん日本は、輸入農作物の安全基準が 厳しいからね

その当時『野菜 市場』でアルバイトしていた、友人の話。ある日、棚卸していたらいくつかの箱がすみからでてきた。その中の一つが、レモン。日付がちょうど1ヶ月前   中を 開けると色鮮やかな、レモン・・・?腐っている様子もない・・・だが中身は、腐り始めていたらしく・・しぼんでしまう。それなのに・・・皮は変色もせず、美しいままで・・まるで、 レモンのボールのようだったと言う。   もちろん焼却処理されたようだ。            その友人レモンのみならず、形ある輸入の野菜は、  今も、なるべく食べたくないという。

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2006年2月23日 (木)

危険な・・食品

すぐ近くには、畑地・・散歩しながら・・おばあちゃんの手作り・・・  地野菜の美味しさに,感動する『新鮮さ、安心感』こともあれば・・・・・・・・今よんでいる本は、 【危険食品読本】椎名 玲・吉中 由紀共著。まるでミステリーだが・・更に怖いのは・・時実なことだ。実際の例を 名指しでかいているし・・うれしくない話題・・出来ればききたくない話題・・報道、主婦をターゲットにした、御昼のショー番組には、ほとんど・・でてこないことだ。数年前、あるメジャーな、月刊誌に 【危険な食品群、業界人も敬遠する。】などと・・いう記事があった。うーん・・多くの人が読んでいても・・35日で忘れてしまうのかも・・知れない。・・一つ一つ、納得、理解できる事ばかり・・・。

私が、経験して納得した・・例 エム社の、コーンスープ、家で作るより・・安く、小学生でも・・自分の こずかい、で・・買える・【範囲】・リーズナブル。

ある日、外出先で、そのコーン・スープを かったものの、帰る電車が 時間にぎりぎり   いそいで・・・会社にもってきたのに・・わすれていた。

一時間後・・コーンと脂の分離がはじまり。その脂・・は、浮きあがって・・上部でかたまりはじめました。紙コップの、4分の一 の量・・ かなりの脂が入っているのだなぁと感じました。そしてさらに一時間ご、冷蔵庫にいれて・・様子を みました。脂の層がさらに、塊、となり・・トウモロコシは、下に沈みます。・・そうです油脂の粒子が、熱さ食感をささえていたのて゛す。・・でも、、、、たった一杯のコーン・スープに、大匙3-4杯くらいの油脂      なんの油脂?パターでないことは・・確かです。   毎日たべたら・・・どうなることやら?

時間に便利、いつでも熱々、調味量での美味しい食感だが・・それは 同時に 内臓によくく・・皮下脂肪予備軍では、ないでしょうか。                     

あれ以後・・一度も、買っていません・・やはり、体の健康を考えると・・・ちょっと怖い食品に 思われるからです。   

                                    

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2006年2月22日 (水)

食の健康診断・・2

テレビで、『ダイエット』に関しての体験ドキュメンタリー?など放映していたりする。    ダイエットに挑戦する・・一般人モデルと、ダイエット・トレーナーまたは、ダイエットの道場だったりするのだけど。    一般人モデルは、見た目でわかるほど・・本当に良く肥っていて、だから画面での・・訴求力があるのかもしれない。   また、トレーナーは、自分の実力を アピールできるし、宣伝効果もあるのだろう。  そのときに、かならず出てくる『食事の、診断』管理栄養士の先生がコメントして・・いろいろ問題点を 評論していたり。

どの番組でも、一般人モデルの『食の目的』が、・・・原因になっているようだ。やけ食い、ストレス食い、それらが習慣になったりと、精神的な問題からの・・食事。          だが、外見に、表れるからこそ、 診断の機会があるので・・何らか対処できるのではあるまいか。 

問題は、表面にあらわれず、内部での・・・肥満・・病気の原因の蓄積・・・更に間違った、ストレスからくる不必要な食事。 食べているのに不健康・・・・?  

もし、『健康診断』で・・・問題があったら、『食事・・美味しく感動して、感謝してたべていますか・・?』  自分の心に、聞いてみてください。

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2006年2月21日 (火)

食の健康診断・・1

身体の健康診断の後、血糖値、コレステロール、などなどで・・・急に食に関心をもち、毎日の食事を見直してしまう。にわかに、『健康食品』なども 食べ始めたり・・・一時的にお酒を ひかえたり。病気は、人生を不幸にしてしまうことを しっているからだ。だが・毎日の食事が健康の基なのもしっている。中国語の『医食同源』と言う言葉はだれでもしっている・・・だが、現在の『食足りて不健康』なのは、どうしてだろう?若い人20代にも、子供にも栄養不足からの、不健康からの、病気予備軍だという。まるまる太って・・ 一見、健康そうな、近所の12歳の子供が『高血圧、擬似糖尿病』で、食事、運動制限なんだと・・・・か。  いつからこうなったんだろう。と、考える・・と、ここ、40年くらいの、家庭の食事の変化を 考えてしまう。家庭の変化・・・専業主婦が、いなくなった。おばあちゃん『姑』が、同居していない。・・現在40歳くらいの人から、急に、栄養バランスの悪い人が多いのではないだろうか?・・食は、足りた・・・だが、栄養が偏っていからだ、と思う。一つは、栄養神話かもしれない。そして、コマーシャル神話・・・もあるのかもしれない。情報過多なのかもしれない。  有る、有名和食調理師の先生・・『テレビのコマーシャルで、食を選んじゃだめだよ・・自分の胃袋に聞いて・・・体にうまい物が・・いいものなんだよ。栄養学は、机上のもの・・実際は、自分の体に効くものなんだからね。』確か、今年70歳くらいなのかも・・・その、なまりの中に、・・・経験からくる、信念を感じてしまう。

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2006年2月20日 (月)

健康診断・・?

明日21日は、勤めている所の健康診断・・なのです。会社は、病院の給食関係なので・・健康な人でなければ・・と言う条件なんです。・・去年、一昨年でも注意点、加療を要す・・などという点があった。さすがに驚いたし、怖くなって・・・念のため・・他の病院に行って再度、健康診断・・・すると・・問題は、ほとんど無い。【どうして?】の疑問が沸いてくる。

あとで診てもらった他の医者は、診察の判断の問題だという・・?のだけれど。  ただ、このごろ・・病院が、『進化』している気がする。体を 診察すると同時に・・気持ちも、受け止めてくれるようだ。明るい・・受付、すわり心地のいいソファ、診察の目的と、結果、注意点など、明確に、不安を持たせないように・・してくれるような、病院が人気がでてきてる。病院ランキング、食事ランキング、名医師のいる病院など、テレビで放映されたり、雑誌に載ったり・・・・ちょっと『ホテル』なみに、なってきている。・・・つまり、患者は・「ゲスト」なのかもしれない。ちょっと・・サービス業みたいになっているのかもしれない。

健康診断から・・・自分の身体を 考える機会・・ということは、自分の身体を通して自分の心と、人生をも・考えるいい機会ではないだろうか。  でも・・少し、どきどき。やっぱり・・・待ち時間のときは・・すわり心地のいい・・・ソファにうけとめて欲しい。

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2006年2月19日 (日)

貴方は、何歳まで生きたいと、思いますか?

寿命は、天命だと言う・・たしかに、惜しまれて・・・事故で亡くなる人もいるし病死する人もいる。なのに・・本人も・・周りも・・・くるしんで・・何十年も生きている人もいる。そう、だれもが・天寿を まっとうして、惜しまれて、逝きたいと、思う。しかし、そういう例は、余りに少なく・・・その前に、脳梗塞、心筋梗塞、癌など、または、日本の国民病と言われる【糖尿病】・・になってしまう事もある。

私の父は・・60代で、亡くなるという『複数の占い師の言葉』を 信じて・・いろいろ自分では用意したつもりだったのかもしれない・しかし87歳まで生き・・大往生だった。

そして、自分の亡き後のことを 何もしていかった。亡くなった後・・             長女の私は、困惑・・パニックが起きくらいでした。妻である母は、認知症があらわれて誰もわかりませんでした。。だからこそ、自分の誕生日のあたりで、60歳、70歳をかんがえて・・

たとえば、3年後、5年後、の自分の姿を想定、イメージングするのもよし・・しかしもういつっぽ・・・貴方の、先祖様に・・感謝するのはいかがでしょう。誰も、子供を育てるのは辛い・・だが、子供にとって・・非日常・・は、   わすれられない自分の『思い出』なんです。

こども時代・のおもいでたくさん・・ありますか。おじいさん、おばあさんのおもいで・・幾つありますか・・孫、または子供にとって・あなたはどんな人に記憶されているのでしょう?

そして、何歳まで現役、これは、考えてもいいことですね。・・もし70歳なら、孫が、幾つ、   そして、あなたに、かわる・・あなた。時間・オーバー・・なんて。辛いけど・・・自分を、家庭を考えて見るのが・・表現できて・・・そして、最大の、問題。伴侶をあいしてますか。家族を 愛してますか?     とりあえず・・目標を 定めてみましょう。

そう、どんなふうに、何歳くらいで死にたいですか・・?あと、何年ありますか?

今を 大事に・・悔いなくは、無理でも・・視点は変わると思います。誰も、人生の時間は 買えないのですから。時間は、金なり・・は、自分の人生・・心身のケアなのです。

1949年生まれの私は、心筋梗塞で、発見が遅れて・・・ということ・・・になるだろう。  

今日のことは、明日に延ばすな・・がこのごろの、自分に・・・・・言い聞かせている    毎日・・テストをとくように自分の人生を考え悔いのないような・・・人生をおくりたい。

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2006年2月18日 (土)

体からのメッセージ

昨日・朝早くから【歯痛】で目覚める。・・鈍痛・・・でも・・きになって・・熟睡できない。  ・・・・下側・最奥歯、耳に近いし、リンパ線にも近いらしい・・【早いうち、なら・早期発見?】      不安を勝手な、憶測に変えて・・・何度か名前を聞いたことの有る【歯科医院】へ・・・・・  初診 えっーー・3週間待ち。初診でも・・・だが、偶然のキャンセル・・のおかげで、診察。

たった歯一本の為・・・の、アクシデントは、いろいろのことを 教えてくれました。     ついおざなりになっている・・寝る前の、歯のケア、かみ合わせ、               そしてまず食べるための基本・・歯の健康について。                     体からの、メッセージ・・・朝の痛みから・・・・夕方には、好い歯科医に出会えた事、   食べる基本、歯の健康あって、食事の幸福があること。      自分の日ごろの不摂生を 反省できた事で・・・感謝の気持ちになりました。

体からのメッセージ・・・・良く耳を傾けて、自分の健康に感謝しましょう。

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2006年2月17日 (金)

お八つ・・の意味

お八つ・・・食事の補助、と言う意味では、人生時間の何時の時代に、多く味わうのでしょう。幼児時代・・小学校・・中学、高校、での部活の時・・だが【社会人生活では、きわめて少くなくなり・・家庭の主婦の・・有閑マダム時代?再び有るのは・・ご隠居さんのときでしょうか?だが・・お八つと言う言葉、背景からは、家庭とか、母、祖母・・・何より愛情、と安心が感じられます。甘えられる心地よさ・甘みで癒された時間。お八つの意味は、物よりも・・心のゆとり、癒しなのかも知れません。昨日の老人倶楽部では、【自分に向いて茶を入れてもらったこと】・・・過去に食べた事有る【懐かしの・味】が幸せだったのでしょう。

貴方の【お八つ】の思い出・・家庭の愛情、癒しの時間・・でしょうか?

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2006年2月16日 (木)

心のお八つタイム

私は、昨日・・通所介護施設で、【御茶会】を主催しました。海外の友人から中国茶をいただいたり、いくつかの御茶が家ありました、ティステイング茶用の・・小さな器も・・あったからです。                                               茶のティステイングからの話題を考えたり、手作りのお茶請けを作っていきました。   ぜんぶで15-6名です、通所介護施設ですから・・介護認定は、まだ低い人ばかりでも・・ 平均70代ー80代   中国茶の試飲タイムは・・味わうので興味しんしん・・香りの・・聞香タイムは、興味なし。   職員の方のお話、半分以上が・・・【鼻】の機能がイマイチになっているとか。                                              だが、非日常の御茶は、一時でも、【興味・感情】の刺激になったようで終了の後は  、機嫌よくニコニコしてました。私も、嬉しく・ホット一安心。外出もままならないからこそ、 非日常の心のお八つタイム・・・ほんのすこしですが、続けていきたいと思いました。

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2006年2月15日 (水)

長命の値段

昨日、母の年金の振込み通知がきました。母は今月80歳父の遺族年金です。1カ月に直すと、16万・・・だが、1カ月、病院の支払いが平均20万になります。             そこで、毎月の赤字分は、父の私たち姉妹に残した貯金から、おろします。        年260万くらいかかります。こうして6年目、一千万以上が病院の費用に消えました。こういう話題を、パート先の同僚にぐちったりすると・・まるで人格破綻者のように言われます。親戚などに言うと・・【親を、なんて・・】と言う。                        認知症が進んで・・・私の顔もわからず・・・目の前に私が立つと・・鳥の雛のように、口をあけるだけ、会話も無く・・・義務と、病院との連絡の為見舞いに行く。           母は病院にとっては【ゲスト】なのだけど。       こういう話題を書くのは・・・タブーなのでしょうか?           だが時々、生命維持・・長命の値段を 考える。 日本の長寿国は、こうした人口も ふくまれているのです

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2006年2月14日 (火)

野菜パワーの癒し

昭和30年代・・・子供時代を すごした私・・おなかをこわしたり、消化器官が悪かった時 世の中のお母さんは、家で治療食を、作ってくれました。お粥、片栗粉に砂糖をいれた重湯みたいな物、蒸卵、牛乳を温めてくれたり・・・医者の薬より・・先ず食事と言う感じだったようにおもいます。その中でも、良く食べた物で【大根おろし】があります。食べ過ぎたり暴飲暴食したり・・の時も良く作ってくれました。【大根おろし入りドレッシング】などというものもありますが永遠の好みの味なのでしょう。・・・旬の生が一番です。        ちょっと多めに作っておく時は、レモンの絞り汁を入れておくと、あの時間のたった大根の臭いが、ふせげるそうです。【料理の先生談】

今私が美味しいと思う食べ方・・熱々の味噌汁、または、あっためなおした汁物【寄せ鍋の残り・・とか】を 一煮立ちさせてにたっぷり・・入れて丁度いい温度にして・・大根のうまみ甘みも味わう。たまに、お餅も入れたりもします。食べている時、食べた後、消化器が・・・癒されます。     大根は、心身とも癒してくれる・・偉大なパワーです。

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2006年2月13日 (月)

地野菜の微笑み

地野菜にかぎらず、野菜の料理で・・今余り見なくなった家庭料理に『お浸し』があります。子供の頃【私の子供の頃小学生時代ですから・・昭和30年代今から40年前ころ・・になるでしょうか】は、旬の葉野菜は先ず『お浸し』でたぺました。野菜が美味しかったせいもあるでしょうが・・・・調味量に、マヨネーズが無かったからかもしれません。ほうれん草もおいしかったのですが・・白菜の葉先もおいしかった。野菜を ちょっと火をとうして 【野菜の味】を 楽しむ・・・美味しさを 再発見できるとおもいます。一人の時は、私は、電子レンジを使います・・水をつかわないので養分がみずに逃げ出しません。氷水をよういしてすばやく・・ひやして・・・水切りした後・・・【みりんと醤油】によーく・・・混ぜるだけ。旬の野菜は微笑んでくれます。

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2006年2月12日 (日)

地野菜の自然のパワー・・№2

地野菜・・の美味しさの、再発見もありますが・・・?時には、うーんとうなる物もあります。 同じように・・時々ちいさなセルフ・サービスの売店がでるのですが・・・・形だけで味も素っ気も無いような野菜に出会う事もあります。今までいくつかの売店で『??・・』だったものぺビー・トマトです。と、言う事はここの土壌と合わないのかも知れません。べビーと言っても・・やや大きめ・・肉質は、トマト ・・塩で食べても・・トマトが感じられません。【塩は、最初の調味量】だと、思います。     そこで・・・ ドレッシングで食べました。   どこの売店で買っても・・美味しいもの、イモ類『サトイモ、八つ頭、サツマイモ』      大根・人参と言う事は根菜がおいしい・・土壌として相性ぴつたりなのでしょうか。そういえば、ここは川越が近いのですから

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地野菜の自然のパワー・・№1

今日の地野菜を つい・・洗っているうち食べたことから・・・いろいろ昔話を思い出しました。・・・池波・正太郎の・・時代小説のなかには良く食べ物、食材の話がでてくるのだけど・・【葱】だけいれた深谷汁・・?だったかなぁ・・                        無口な主人公が『うまい』と声にだして 感嘆している様子。                 思うに昔は、流通も発達してなかったから・・・地野菜1つ1つが ご馳走で、塩だけで・・・ 十分うまかったのかもしれない。                                  スーパーの野菜をつつんだ ポリ袋は 絶対汗かかないし・・・                野菜が寝ているんだろうか?息していないんだろうか?                    85歳の・・まだ野菜作ってるおばさんは、ポリ袋に入れると野菜は、息できないから自分から・・・腐っていくという・・・一番いいのは・・ふんわり『新聞紙』につつむのだという・・。    いまさら・・実感。しかし今日食べた人参は・・・ブランド品にもなりそうに美味。もっとこの地域の人に、教えてあげたい・・宣伝してあげたいと、心から思ってしまう。

感動的な『極上のスイーッ・○○・・』とか・・。言ってもおかしくないほど・・美味人参でした。

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2006年2月11日 (土)

地野菜の自然のパワー。

ここは、埼玉のT市・・の郊外・・歩いて30秒の処は、畑です。今は、白菜、小松菜、人参、大根など、目に付きます。趣味で作っている人、または、出荷基準にならなかったのでしょうか?  時々セルフサービスで、100円で、野菜を販売しています。             スーパーのように何でもあるわけではありませんし、日によって、収穫時期によって、販売している物はちがいます。        午前10時に、とうりかかった・・個人の販売所で、小松菜、半分の白菜、人参を かいました。スーパーの半分以下の値段です。      家の台所のテーブルにおいたまま・パートにでて・・よる9時にかえってきました。     半分の白菜の芯のあたりが陽にむかって・・おきています。小松菜、人参は、ポリ袋であせを かいています。                                        ああ新鮮・・・で生きているんだ。と、感動してしまいました。                  ポリ袋からだして・洗っているうち、白菜の芯、人参をついむしって食べてしまいました。

【最高に美味】・・まるで砂糖が入っているようにあまく・・フルーツのようです。おどろきました。・・・このままたべられそうです。白菜と人参を 少しの塩でだけでサラダにしました。  小松菜は、レンジで加熱・・・そのまま食べました。『煮ると、水分の中に溶けてしまうからです』 しみじみと、太陽の力と、土の恵みをかみしめました。      

地野菜の、自然の美味しさを 堪能した日でした。

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2006年2月 9日 (木)

食事のBGM

いつも、食事の時・・・テレビを つけている事・多くありませんか?テレビの音なしでは・・食事時間の感じがしない・・習慣となっている人もおおいでしょう。

今日は、K市まで友人と、【料亭に、御昼を食べに】行ってきました。博物館にいるような古い古い建物で・・・庭には、灯篭、鎮守の神社、池もありました。広い庭には、良く手入れのされた多くの木々がおいしげっています。高樹齢の樹の枝が四方にのびて二階をおおっている勢い・・・・・鳥がたくさんやってきているようです。一階の濡れ縁付きの小座敷・・・屋根のひさしが長く簾もかかっています。樹の上までは、見渡せません。

友人は、・・・この庭を より演出する為・・・【鳥の鳴き声】のテープをかけているのだと判断・・・『今は、ちょっと小休止』だとか・・言ったり、していました。食事がすんで、二階の一角を 『喫茶室』に開放しているというので・・・二階でお茶しました。下側に・・・・窓を 大きく作り・・庭が良くみわたせるように、なっていました。

眼の前の木々の枝に、鳥が数種類・・にぎやかにさえずっています。友人は、『まぁ・・演出じゃなくて・・ほんとぅの自然だったのね。・・BGMもご馳走だったのね。』と感動してしまいました。毎日のテレビを見ながらの日常の食事・・・非日常だから・自然の音を ききながら・・耳からも・・食事を楽しみました。

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【食べれる】機能が、あるということ

私の母は今月で、80歳になります。脳梗塞、骨折、認知症、の繰り返しで・・現在病院生活8年になります。介護度4・・だそうですが、現在は私の顔を認識するのさえむずかしくなりました。・・・のこった物は【食欲】だけですが・・味覚の認識はありません

2年前、介護員から、食事機能が落ちているので・・・餅菓子など、遠慮してくれといわれました。 だが、大好きな、【おはぎ】を、何とか 食べさせてあげよう・・・と考えました。   家で、もち米を焚き、巨砲くらいの団子にして、小豆、胡麻のおはぎを 作りました。

母に、食べさせると、・・・・【餅類を咀嚼できなかったのです。噛む力がなく・・何時までも・口の中に、とまったままで・・嚥下もままならず・・口を動かす事につかれて・・本人も腹をたてたようでした。】・・・私は、もっと衝撃を、うけました。・・・・・食べると言う機能の・衰えだが・・・・味覚が前年からおとろえていたので・・・好かったともおもいました

そしてその頃から・・細かくきざんだ・【きざみ食】から・・離乳食のような、【ミキサー食】になりました。   飲み込んでも食べことが出来るものだけになりました。・・あるとき最中の皮ですら むせてしまいました。  知能の衰え、体の機能の衰え・・だが食欲だけがいきているのです。          見続けている私は 精神的には ショックでした。

母にとって・・ 安全な、お八つ・・・を考え始めました。  味覚の意識が無いとはいえ、・・食欲だけはのこっていて、私が前にいると、鳥のヒナのように口を、をあける。食べおわってもても・・・・一言もないのた゜けれど・・。

私は、調理師免許あり、料理教室にかよっているので・・いくらか役にたったと思います。そして、【飲み込みの難しい・・食べれる機能】の衰えた人のため・・・・【ヒント・レシピ】を 書きとめたり・・・そのレシピのお菓子をつくってポランティァの【老人倶楽部】にいっています。    元気なご老人の、健康な味覚の【ごちそうさまでした】は、心から嬉しいですね。

今一番思うこと【食べれる】機能があること・なんて・・幸せだろうと心から思います

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2006年2月 5日 (日)

美味しさに感動したのは・・・いつですか?

現在、2月5日、日曜日12時ー5分・・遅いブランチのひと、仕事中のひと、食事の準備中のひと、・・さまざまでしょうね。

食事にかぎらず・・飲み、食いで感動した事・・・最近ありましたか?前の食事・・・今朝の朝食、もしかして昨日の夜食・・覚えてますか?あまりに日常で・・習慣で『決まっている』から・・記憶にも残らないかもしれませんね。時間がきたから、おなかがすいたから・・・そこに、あるから・・食べているかもしれません。

日常茶飯と言う・・・言葉のとうり・日々、毎日に有る飲食、これは、日常過ぎて・・実感できない【幸せ】でしょう。

もし、今・・地震がおきたら、外出先で交通事故にあったら・・?もしかしたら・・【最後の晩餐・・最後の食事】になるかもしれないのです。身近では・・先の新潟地震のように。そして・・貴方が、【ドクターからの警告、または・病気】を受けなければ・・・【食】・・じぶんの身体、健康、・・・人生を考える事はないでしょう。

美味しさの感動・・・考えてみてください・・それは【貴方の身体、健康を 考える物指】なのです。

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本当の意味は、健更長受です。

人生の幸せの第一条件は、健康です。長く生きて寿・・みなに愛され、祝福されて、喜ばれて、天寿を まっとうする意味なんだと思います。貴方は・今何歳でしょうか?

健康で、幸せな毎日を お過ごしでしょうか?日本は、1980年ころから?・・長寿大国といわれています。私は、1949年生まれ・戦後の団塊世代代表・・でしょうか?

父は、明治45年生まれでした『98年没』 母は、大正15年生まれ・・総合失調症から脳梗塞、骨折、認知症、・・脳梗塞・・現在介護度4・・・私『長女』の顔すらわからず・・限りなく植物人間化しつつあります。施設、病院居住は、10年となり、心身ともの病歴は、20年近くになります。今年2月で80歳・・・・これは『長寿』とはいえないと思います。でも同じような境遇の人が・・・・なんと、多いのでしょう。

そして、団塊世代の人を含め・・・なんと病人予備軍がおおくなったのでしょう?病気を抱えての・・人生それは、心も蝕まれていきます。心身一如だからです。私も何度か・・・めげました。追い詰められて・・・自殺を 考えた事もあります。相談した相手から、宗教勧誘されたり、怪しい占いに、『株を買わないと不幸になる』なんていう・・怖い『お告げ』がでてきたり。

人生の健康の基・・『食』から、人生をふりかえったり・・・今後の人生を 考えたりしてみませんか・・・更に、健康を長く受け続け・・・・本当の『長寿』であるために。

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