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2006年7月26日 (水)

麦茶・・むぎゆ・・考。 ②

ディ・サービス介護所に通っている方は60代・・70代・・80代、大正、昭和初期生まれの方多く、女性が圧倒的に多い。麦湯・麦茶の思い出を聞いてみると・・なかなかにぎやかだった。中には・結婚して麦茶を、飲み始めた人、などもいた。ただ・・戦争前・・70年くらい前は、【麦茶】の生産には・・・『農家』が直接関わっていたようだ大体・・『お百姓さんから、直接買いました』という声が多かった。私も子供の頃、昭和30年代のはじめまで・・農家の人は直接りゃカーをひいて・・いろいろなものを・・売りに来ていたので、その時買ったと思う。夏になると・・我が家の花壇に、麦茶の殻があったので・・夏を感じたものだ。

給食にでたことがあった。やけに美味しく感じたので記憶に残っている。いつもは脱脂粉乳なのに・・・アルマイトのカップに麦茶は、嬉しかった。友達の中には砂糖をいれて飲むという人がいた。戦前の食べ物の記録を読むと・・お八つとして・・砂糖を入れて飲んでいたという家もあったようだ。

私はその頃『紅茶』にあこがれていたので・・麦茶に砂糖は邪道に、感じた。家で飲む麦茶は、色が薄く・・味もうすかったような・・記憶がある。給食、よその家の麦茶は・・どうして美味しく感じたのだろう。

時代は後になって・・1980年時代は、食文化が、一気に華美になり外国のものが入ってきたので・・『麦茶は日常から』急激に姿を消して言ったのかも知れない。だが、夏場の飲み物として・・家庭の飲み物として・・ティー・バックとなっていったようだ。その頃、登山、山旅にはまっていた私は、山での飲み物は『麦茶』だったアルマイトの水筒に、麦茶を入れて沢の冷たい水で、冷やして飲むのは・・格別の美味しさだった。私にとっては・・登山、山旅とともに・・喉によみがえる至福の味は、『麦茶』である。

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2006年7月22日 (土)

麦茶・・むぎゆ・・考。 ①

通所老人施設の『お茶会』で・・麦茶を取り上げた。麦茶・・チョッとお茶というには・・というかんじがあると思う・・『インター・ネット』でいろいろ調べてみると、確かに・・飲まれはじめた歴史は、古く・・平安以前のようだ、大麦を 栽培した事と重なるわけだから歴史ある飲み物・・なのだろう。だが、つい4―50年前ですら家庭の飲み物で余り・公式な茶ではなかったようだ。

余りに家庭一般的であり・記述も少ないようだ。だが、ちょっと楽しいのは、かの豊臣秀吉が、大阪の『大茶会』の参加呼びかけるとき、『麦茶』でもよろしいから・・と参加を促している事だ。当時『緑茶』及び、茶道は、かなり高価、特別な物であり、権威の象徴だったと思う。・・だから、当時まだ、身分の高くなかった・・豊臣秀吉の書状には残っているのではあるまいか。その後、安土桃山城に権威の象徴として豪華な、茶室を作るのも・・興味あることだ。

時代はかなり下がって・・江戸後期、物の流通、経済の安定は、繁華街の茶店などをうみだすが・・かなり『むぎゆ』などが有ったようだ。まだ【麦茶】とはよんでいなかったようだ。麦湯の言葉は、戦前の東京にまだのこっていて・・戦前東京で過ごした父は、【むぎゆ】とよんでいたのかもしれない。

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2006年7月18日 (火)

麦茶・・むぎゆ・・考。

麦茶・・を久しぶりに飲みたくなった。パック入りを買ってみた。熱湯に入れた後・・冷まして冷蔵庫に゜入れて飲んでみた。なになかが違う・感じるものが無い・・香り、味、色、何もないのだ・・何故なのだろう・・がっかりした。

出がらしの、茶ほどの感激も味も無い『不味い』という感じ・・も感じることも無い。私は、不思議だった。が・・『はっ』と・・考えた。

麦茶なのだから『茶をいれなければ』・・これは、『簡単な紙バックの茶』ではないか。私は、急に昔子供の頃のことを思い出した・・というより子供の頃の麦茶の味を思い出した。麦を焙煎した物を買おう・・・と。だが、現在ほとんどのメーカーが紙パック主体なのだった。いろいろ見て・・六条麦茶を買ってきた。時間をかけ煮て・・冷まし・・冷蔵庫にもいれたが・・熱々を飲んだ。

あぁ・・『麦茶』子供の頃の、味。まだ未就学・幼稚園の頃・・の味。夏のころ家の味。確か小学校の給食にもあったような気がする。麦茶から急に昔の情景を思い出した。確か父は・・麦湯・・と呼んでいた気もする。なぜだったんだろう・・この香りから久しぶりに幸せな気分になった。麦茶について・・調べてみよう。今は過去の・・田舎っぽい飲み物・・お茶としては・・なんとなく、表に出てこないけれど。

50代の私が・・こう思うのだから・・通所老人介護所でも・・キット『お年寄りの方々』は。いろいな思い出を『麦茶』にもっているにちがいない。そうだ・・今度のお茶会のお茶に、しましょう。

私は嬉しくなった。みんな・・どんな話。どんな思い出を もっているのだろう。この麦茶で共通の話題にめぐり合えたらいいな。わくわくしてきた。明治うまれだった父のように『むぎゆ』などと呼ぶいわれを知っている人がいるかもしれない。

麦茶の文化・日常に有る物だからこそ見直す。考える時間を持てて・・幸せ気分でした

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2006年7月12日 (水)

足元を・・わすれていました。

塵だしに行く時・・玄関脇にほんの少しの時間ですが・・塵を置いておきます。

塵袋に名前を書かなければならないし・・いろいろです。ふっと見ると・いつも使っている靴を置いておく棚・・いつの間にか塵だらけ・なのでした。

愕然としました。ドアのかげになっていて・・灯の基で見ることが無かったのです。日光浴させました。あら・・わすれていた靴こんな所に隠れていました。でも今は,もう履く機会がないような気がします。こうして・・毎日使っている靴を置く・・【足元】を忘れていました。足元といえば・・修理に出す靴も・・2足袋にいれたままでした。冬用ののスリッパもだっぱなしになっていました。

自分の足元から・・・と、亡くなった父がいっているようでした。今日は、足元の日のようでした・・このごろ自分を見直すきっかけ・【気ずき】があります。でもまた、そのうちなどといわないで・・実行しましょう。後回しするから・・【自分を 足元を忘れてしまうのです。

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2006年7月 8日 (土)

無くなったから・・見えたもの。②

真夜中に、立ち尽くすと・・パソコンで、話していた時間の大きさを・感じた。あれも言いたい・・これも言いたい・・だが、話す所がない、話す人がいない。がくぜんとした。私の中の一部分のPCの世界が無くなった

翌日の午前中は、憔悴した思いで・・・パソコンの修理を依頼した。『パソコン出張専門のメンテナンスのマスター』ウイルスで、あちこち出張修理でいそがしいなか、時間をさいてきてくれた。

モデム・配線・・ウイルス感染など重複した・・故障におどろいていた。更に驚いていたのは、私の・・PCに関してのメンテナンスの知識の無さ・・・だったようだ。

私は,PCにたいして・・無責任だったと、つくづく・・反省した。それは、『マスター』をよぶことになったため・・デスク周り、本箱などの乱雑さにがくぜんとしたのだ。他人がここに入るしかし・・・そういう事態すら考えていなかったので・・塵箱のような部屋だった。だが・・・PCで世界は、つながっている・・お互いが見えない・・だからといって自分の周り、は塵箱だったのだ。『電源を入れられないPC』を つくづく眺めて・・4年間の労をねぎらい・・心からわびた。

自分の心も。足元も、『振り返る機会』だったのだ。あって当たり前になっていたPCの世界PCのない時間・・せっせと掃除した。いらない物のなんと多いことだろう。なぜこんなに塵だらけなのだろう。PCの裏も、モデムも4年分の塵だった。自分を 恥じた。

無くなったから・・こそ見えたもの『自分の心』のお掃除でした。

後で、PCの中も・・大掃除しました。

心からありがとう・・壊れた事、この時間、修理の『マスター』との出会い。教わった事。

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2006年7月 4日 (火)

無くなったから・・見えたもの。①

先月6月は、いろいろなことが起きた。先ずありえない・・と、信じていた【パソコン】が壊れたこと。最初・・ずいぶんと受信が遅いし・・・?【パソコンだって疲れたんだろう】と、軽く考えた。しかし・・モデムが悲鳴を上げたように・・不必要にピカピカひかり始めた。

なんで?なんで?と、考えているとつぎには、見た事の無い赤信号がともったのだ。そして、メールの受信が出来てないのだ・・・どうしたんだろうと、思っていると・・動かない。焦った【パソコンの設定・・まで人任せな・・私。】パニックになった。パニックになったのが夜中だったので・・考えたあげく【真夜中でも・・パソコンで起きている友人】に電話した。親切に教えてくれてここまでの作業をしたら・・また、次を教えるから電話してと、言う事だった。

設定を過去にもどして・・の意思だったようで設定したら・・。だんだん画面の文字が消えていった。そして・・周りから黒く画面が消えていった。今度は本当にパニックになった。カーソルの矢印さえ・・消えたのだ。

パソコンの前で立ち尽くす・・・と、なきそうだった。慌ててもう一度電話すると、【ウイルス】だろうという・・とりあえずパソコンを切るように言われる。そして、モデムの灯も、きえていた。急に、一切の情報の基である【パソコン】が消えたことで・・不安がおそってきた。

孤独を感じたのだ。                                           こんなに情報という・・毎日の情報が・・会話が無い事に不安を感じたのだった。

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