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2006年4月22日 (土)

人生の幸福時間

母が認知症になって・・10年近くになる。認知症になると・・・性格が変わっていく。見ているほうはつらい・・また、初期の段階では・・自分でも?・という記憶があるので・自分自身で苦しむ。父は、アルツハイマー型の・・認知症だったので、初期には、自覚していた・・そして、苦しみ、悩んだようだ。まだらボケの頃は時間によって、日によって、性格が変わっていた。周りは悲劇を味わう・・また、第三者を巻き込むと、その対応で・・更に苦しんだことも有った。性格が変わる・・・のは『本来の性格』と逆の場合、本来の性格が更に強硬になっていく場合もある。そして、最後には・・自分の育った頃幼少に戻ると言う。父は最初は自分が・・認知症が始まった事を、知っていたようで・恥じていたので・・いろいろ『用心』したようだ。だが・・進行すると、自意識が無くなっていった・・性格が変わっていった。より自分の本来の性格・・人の批判、裁き、などが顕著になっていった。・・まるで、ベスト・タイミングで母は・・幻聴、から来る盗聴などの被害妄想・・の神経症と、初期の認知症になっていたので・・周り、近所、親戚、友人との、いざこざがはじまった。『年寄りだから』のレベルでは無く・・父の言葉は理路整然、辛辣だったのだ。絶交・・しかも、感情のしこりを のこして。更に孤立を深めていった私も精神的に追い詰められていった・・一番身近な被害者だった。自殺も考えた事も有った・・ついに・・父と母を、別々に預けて・・それぞれ生活した。父は、認知症の進行より・・肺炎、気管支炎・・などで病院暮らししていた。最後の頃、病院に行くと・・もう私たち子供も 目に入っていなかった。『自分の世界』に生きていたようだ。窓の外を見て自分の子供時代にかえっていた・・方言で話し、『父親か早く亡くなったので』・・母親と話していた。まるで別人のようだったが・・・いままでに無く安心して幸せそうに見えた。好く話していた・・片親の極貧暮らしの子供のころなのに・・米の焚ける事を 幸せそうに待っていたり、近所の友達と田んぼを あるいているのだ。不思議な感動だった。昔の私が、眼に映っていて・・高校受験の話をしたり・・ひさしぶりに見る父の幸せそうな時間だった。・・・結局2ヵ月後・亡くなったのだが・・あの時の父の感じていた時間こそ・・結局父の人生の幸福だった時間なのではあるまいか・とつくづく思う。母は、父と違い・・悔しかった事悲しかった事ばかりを いうのだ。夫である・・父のことは、もう余り覚えていないようだ。子供も このごろあやふやになってきているのだ。

両親を見て思う・・では、自分にとっては・・幸福時間とは 何時だったのかと。あるいは・・自分の意思と、関係なく・人は認知化するのかもしれないが・幸福だと思える時間、精一杯『記憶に残るように』書き留めておこうと・・思う。

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コメント

自分の生活を振り返る時はきっと、私は病院の中でしょうね
現状は生きていることに感謝しなければ
友人は助かりました 意識も戻っています
すぐにテニスが出来るかどうかは解りませんが
AEDの威力です
ただただ 感謝 

投稿: kenboo | 2006年4月23日 (日) 12時10分

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